482. この恋は許されるの?

 目を覚ましたアンナは、近くで感じた人の気配に「おにいちゃん?」と声をあげた。外はまだ明るく、絹のカーテンが日差しを遮っている。薄暗く感じる室内で、人影がひとつ動いた。


 長い緑の髪と同色の瞳を持つ、細身の美女だ。


「あら、ごめんなさい。違うのよ」


 笑顔で振り返った上級妖精族ハイエルフのオレリアが、わずかに眉尻を下げる。手にしていたワンピースやドレスをソファの上に置き、手が届く少し前で足を止めた。近くまで寄るが、驚かさない距離を保つ。


 人族が魔族を恐がることを、エルフであるオレリアはよく知っていた。それが魔力量への本能的なおそれであることも、理解している。無理やり距離を縮める無茶はしない。


「寝ている間にごめんなさいね。あなたが着るドレスやワンピースを用意したの。ずっと同じ服を着ているわけに行かないでしょう? 侍女長アデーレはリリス姫の専属だから、私がしばらくお世話係をさせてもらうわね」


 美しい顔を微笑みで満たしたオレリアに、アンナが感じたのは危機感だった。こんなに優しそうで綺麗な人がそばにいたら、兄が惚れてしまうかも知れない。困惑に視線を彷徨わせると、オレリアがくすくす笑い出した。


「なにか心配? これでもあなたの10倍以上は生きてるから、一通りのことは出来るわよ」


「あの、お世話って……兄も含まれます、か?」


 侍女の代わりができるか心配されていると思ったら、まさかの発言にオレリアは目を見開く。言われた内容を頭の中で反芻して、アンナの想いに気づいた。


「あなた……もしかして、お兄さんが好きなの?」


 直球で尋ねられ、アンナは素直に頷いた。誰に恥じることなく、隠すことなく肯定できる。異世界であっても血の繋がった兄との恋愛は認められないだろうか。不安に満ちたアンナの声に、予想外の答えが返った。


「素敵ね。私は応援するわ」


 オレリアは躊躇なく認める発言をした。魔族の中には近親婚を繰り返した種族も存在する。現在はある程度制限されるが、希少種族であれば3世代遡って近親婚がなければ結婚が許される事例もあった。


「止めないのね……」


 驚きを秘めたアンナの呟きに、オレリアは首を横に振った。


「咎める意味がないわ。その人が決めた恋愛を、なぜ他人が否定するの? 血を残すためにもっとも優秀な相手を選ぶのは自然の摂理よ。愛する人は、きっとあなたの血を残すのに適してると、本能が選んだ人なの」


 見開いたアンナの濃茶の瞳から涙がこぼれ落ちた。


 誰にも渡したくなくて、兄宛の手紙をこっそり捨てたことがある。花柄の可愛らしい便箋びんせんに、女性の柔らかな手筆てひつだった。醜い嫉妬を自覚しながら、手紙を捨てる。あの頃から、誰かに聞いて欲しかった。兄を愛した自分を許して欲しかったのだ。


 間違っていないと――誰でもいいから肯定して欲しいだけ。世界をまたいで、死にかけて……やっと許される恋ならば、逃げるのではなく踏み出せる。


「さっきの質問に答えるなら、私はあなたの専属よ。城に勤める魔犬族コボルトは男が多いから、あなたのお兄さんや勇者には彼らがつくと思う。エルフは薬草に詳しいから、あなたの薬師も兼ねてるの」


 説明しながら、手早くドレスをクローゼットにしまうオレリアが戻ってきて、机の上のポットから薬湯を注いだ。美しい紅色の飲み物は、薔薇の香りがする。


「起きれるなら薬湯やくとうを飲まない? ハーブティの一種よ。温まるし、身体が楽になると思うわ。私はオレリア、ハイエルフよ。あなたのお名前は?」


「杏奈というの。よろしく、オレリアさん」


「呼び捨てでいいわ。私もアンナと呼ぶから」


 友達になろうと誘うオレリアに招かれ、ベッドから下りる。すこしふらつくが、彼女が支えてくれた。肩にショールを掛けてもらい、ソファに寄りかかる。


「お兄さんに恋をした話を聞きたいわ。どこが好きなの?」


 好きな人の話を偏見なく聞いてくれるオレリアの存在に、アンナは自然と頬が緩んでいく。甘酸っぱい薬湯を飲みながら、日差しが陰る時間まで恋の話で2人は盛り上がった。

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