1280. ベビーラッシュの弊害

 リリスの再教育が始まってしまい、放置される魔王は書類片手に出歩いていた。というのも、視察結果と報告書の内容が著しく違う場所が出てきたのだ。これは大公女が実際に目で見たものと、各地から上がった報告のズレなので、実際に確認する方が早い。


 常識を叩きこむベールはリリス相手に苦戦している。アスタロトとアデーレは礼儀作法を担当し、詰め込みに拗ねたリリスを慰める要員としてルキフェルが配置された。ルシファーだと甘やかし過ぎるので、外へ放り出されたのが本当のところだろう。各地を改めて巡らされた。手元の資料には予定がびっちり並ぶ。


 ベルゼビュートは婚約者のエリゴスとともに1年間の婚姻休暇を取得した。緊急時は別だが、婚姻休暇を取るのは新婚のため呼び出しがほぼない。結婚式前に取得し、新婚旅行を終えて落ち着くまでの期間をカバーする目的で創設された。ちなみにベールは使ったことがないが、アスタロトは16回使用している。足りない2回は、制度がなかった時代なのでノーカウントだった。


「うーん、沼地の面積がおかしい?」


 書いてある報告書の日付は半年近く前だった。もしかしたら視察までの間に広がったのか? そういえば、最近大雨災害があったな。復旧に駆け付けたことを思い出しながら、リザードマンの島に足を踏み入れ、事情を察した。


「あ、これはオレのミスだ」


 大雨による土砂崩れで倒木が激しかった部分を、間違えて沼地として整えてしまった。広がった沼地の再報告はまだ半年以上先で、リザードマンの虚偽申告ではないし、大公女達の視察結果も正しい。なるほどと納得しながら理由と一緒に過失の報告もした。


 次の現場へ移動する合間に、ふと気になってアルラウネの里を覗く。葉を揺らして日光浴する彼女らの周囲に生えた雑草を駆除して、快適な環境を整えるが……首を傾げた。アルラウネの里はエルフの管理だったか。


 近くにあるエルフの集落へ移動したら、大騒ぎだった。ベビーラッシュというべきか、とにかく出産が相次いで手が足りない。エルフは寿命が長い分だけ、子どもの数は少ない。成長も遅いため、100年ほどはつきっきりで面倒を見る必要があった。そんな手のかかる子どもが、18人もいる。


「子育てに慣れてる魔獣に頼んだらどうだ?」


「途中で親が交代するのは困ります」


 エルフは溜め息をつきながら首を横に振った。魔獣の寿命からして、通常は100年前後だ。現時点で子育てが可能な世代が助けに入ると、幼少期のエルフの養親となった魔獣は途中で寿命を迎える。それは問題だと言う。長寿種族で子育てがうまい……思いつかず唸る。


「ラミアは、どうか」


 子ども好きという点は合格だ。下半身が蛇だが、それは問題ない。ただ……彼女らは数年に一度出産ラッシュを迎える。その周期が近いと気づいて頭を抱えた。魔王城の侍従や侍女を貸し出すのも難しく、一時凌ぎになってしまう。


「城で相談してくるから、少し待て」


 お願いしますと口々に頭を下げられ、ルシファーは居城へ戻った。足早に庭を横切り、執務室の扉を開く。中で礼儀作法の実践中だったアデーレが動きを止め、優雅に一礼する。見事だと褒めて、アスタロトを手招いた。


「ルシファー、お仕事終わり?」


「まだだ。すぐに向こうへ戻る」


 残念そうなリリスの黒髪を撫でて、聞こえにくいところまで距離を開けた。首を傾げるアスタロトに手短に説明する。聞き終えたアスタロトが辛辣だが、もっともな意見を呟いた。


「どうして計画的に産まなかったんでしょう」


「慶事だぞ、咎めてやるな。たまに計画が狂うこともあるさ」


 ルシファーの執り成しに苦笑いし、アスタロトが選んだのは同族を使う方法だった。赤子のうちは昼間より夜間の世話が忙しい。夜行性で寿命が長く、100年ぐらいの拘束は物ともしない種族と言えば……吸血種だった。昼間に手を借りるなら寿命や数の都合から、竜人族や竜族が好ましい。


 様々な種族の中から選びだされた精鋭達に協力願いをするべく、ルシファーは大急ぎで転移した。

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