1279. 宝石大処分市?

 残りの宝石を寄付したいと言い出した。こんなに大量に大粒の宝石が流通したら、市場価格の暴落を招くとベールが渋い顔をする。その隣で、ベルゼビュートは覗き込んだ宝石の山から拳大の宝石をひとつ選んだ。琥珀色の宝石をじっくり眺めて頷く。


「陛下、これが欲しいわ」


「いいぞ」


「よくありません!!」


 ベルゼビュートにあっさり許可を出す魔王へ、ベールが厳しい声を出した。その後条件を付けてベルゼビュートへ下げ渡されるのだが……うっかり「どうせ渡すなら同じじゃないか」と余計な言葉を呟き、説教されてしまった。


「また叱られたの? ルシファーはなんだから」


 入ってきたリリスがくすくす笑うが、後ろをついてきたルーサルカに突っ込まれた。


「リリス様、そこは天真爛漫などをお使いください。お転婆は女性に使う形容です」


「そうなの?」


 それ以前にノックしないで入室しなかったか? 首を傾げるルシファーの横で、ベルゼビュートは肩を震わせて笑う。


「礼儀作法は置いておくとしても、魔王妃の知識不足は確実ね。陛下が甘やかすからよ」


 指摘されると反論できない。リリスは首を傾げたあと、ルーサルカと同行したシトリーに尋ねた。


「私、知識不足かしら」


「偏っているのは間違いありません。常識や作法に関する知識は足りませんが、書庫の本を暗記なさったのは立派ですね」


 思わぬ事態に頭を抱えたのはベールだった。アスタロトを呼んで緊急会議を開くと出て行く。大量の本を読み漁ったリリスだが、彼女が興味を持った中に礼儀や作法に関する本が入っていなかったのは、不幸であった。


「安心していいわ、陛下も常識はないもの」


 不穏なのか、不吉なのか。ベルゼビュートは嫌な言葉を残し、巨大な琥珀の宝石を掴んで出て行った。残された者は顔を見合わせ、肩を竦める。


「この宝石の山はなに?」


「リリスのティアラ用に出したんだが、これらは使わないから寄付しようと思ったんだ」


「素敵ね」


「だが反対された。市場価格が崩れるから、数千年かけて市場に放出するそうだ。魔王城の資産として保管する……前に、欲しい宝石があれば分けようか?」


 目を輝かせて石に見入るシトリーへ声を掛ける。びくりと肩を震わせたが、遠慮しなければと考える理性と欲しい本音の間で右往左往した後、こくんと頷いた。


「ひとつだけ、いただけますか?」


「いいぞ。ルーシアとレライエも呼んでから選べばいい」


 大公女の扱いに差をつける気のないルシファーにより、本日は出かけていた2人が戻るまでお預けになった。その間に雑談をしながら、手元の書類を片付けていく。


「この宝石はどうしたの?」


「昔採掘したんだ。大きな鉱脈を見つけてな、掘れば掘るほど出てきた。その山の採掘跡が虹蛇の住処だ」


 上から掘って横に抜けたため、あのような形状になったのだと笑う。言われてみれば、不自然な形だった。ルシファーが語る昔話は、実際にあった出来事ばかり。夢中になって話をメモするルーサルカに、リリスが首を傾げた。


「そのメモは何に使うのかしら?」


「はい、魔王史の補足本を作ろうと思っています」


 魔王史では省略された小話を集めて、本にする。売り上げをまとめ、今後の小説家支援に充てたいと言う。思わぬ提案に、ルシファーが手を叩いた。


「そういうことなら協力は惜しまない。あと、初期費用として宝石を寄付しよう」


 思わぬ使い道が決まり、小ぶりな宝石を中心に小説家支援団体へ分け与えた。この決断が3年に一度の小説家大会を開催する切っ掛けとなる。魔族の娯楽は本を中心に一気に発展した。


 ちなみに、宝石は4人もそれぞれに遠慮なく頂戴している。ルーサルカは緑柱石、シトリーは紅玉、ルーシアは月光石だった。最後まで迷ったレライエは金剛石を手に取り、婚約者のアムドゥスキアスに「緑は嫌いですか」と泣かれたらしい。ちゃっかりリリスも蒼星石をもらったのは……余談である。

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