1333. 大公総出の直接攻撃

 魔の森はすべての魔族の母だ。同時に、己が生み出した大公と魔王へ執着を持っている。純白の愛し子を傷つけられた魔の森は、大地を大きく揺らした。根を張った土から繋がる地脈が暴れ始める。


「っ、リリス。少しだけ待っててくれ」


 距離を置こうとしたルシファーへ、リリスは拒絶の言葉を吐いた。


「ダメよ、私がいないとダメ」


 それは我が侭ではなく、必死さが滲む声だった。離れた方が安全だと思ったのに、リリスは泣きそうな顔で腕を掴む。強く力を入れた指先が震えている。


「リリス?」


「魔の森が……怒ってるの。鎮めないと危険だわ。どうしよう」


 最も魔の森に近い感覚を持つリリスは、声を震わせながら不安を訴える。思わず抱き締めた。


「止まって、魔の森のお母様……これ以上はダメよ」


 森の振動は徐々に大きくなり、大地が裂けて木の根が飛び出す。まるで生き物のようにルシファーと裂け目の間に広がった。盾になる木の根が、攻撃によって傷つけられる。その度に鳴動が大地を割った。


「オレの不甲斐なさを叱ってるのかな」


 苦笑いし、ルシファーは6枚の羽を広げる。隣のリリスも2枚の翼を広げて大きく深呼吸した。手を繋ぎ、攻撃を繰り返す裂け目を睨みつける。


「ベルゼビュート、アスタロト……頼む」


 召喚の響きに、駆け付けた二人に頷く。


「下は問題ないよ。地脈と結界を繋いだからね。手伝おうか?」


 軽い口調で安全策を講じた報告をするルキフェルは、両腕を竜化させていた。その後ろでベールが一礼する。


「塞ぐのはお任せします。私は攻撃を防ぐ方が得意ですので」


 謙遜する言葉と同時に、暖かな空気が周囲に広がる。ベールが炎による別の結界を敷いたのだ。範囲内にいる対象物を守り、傷が出来れば回復させる。神獣や霊獣の能力を司るベールにしか作り出せない結界だった。


「攻撃の合間を縫って、異世界の裂け目を塞ぐ!」


「前回の魔法陣が通用しそうにない。直接攻撃するから」


 ルキフェルが飛び出す。途中で完全に竜化し、瑠璃色のドラゴンがブレスを吐いた。魔力とは別の攻撃には弱いのか、裂け目が僅かに縮んだ。


「先に失礼しますよ」


 愛剣を構えるベルゼビュートの脇をすり抜け、アスタロトが裂け目の上空で笑った。左腕を爪で派手に引き裂く。滴る血に地上でルーサルカが悲鳴を上げた。地上では翡翠竜や日本人を始めとした、戦える種族が前面に出ている。強者ほど前に立つのが当たり前の魔族にとって、ヤンやアムドゥスキアスを阻む者はいなかった。


「我が君……」


 空を飛べないことを悔やむヤンの声に、翡翠竜がけろりと言い放ったのは……。


「地上を守ることが最大の貢献でしょ。僕も含めて、守りに徹しましょう」


 戻ってきた魔王が被害者が出たと悔やまないように。心を守るために戦うのも、配下の役目です。珍しくいいことを言った婚約者を、レライエが褒めた。


「その通りだ、頑張れアドキス」


「はいっ! 絶対に攻撃は通しません」


 己を盾にしても守り、レライエによくやったと褒めてもらうのだ。鱗を僅かに揺らしながら、大公に匹敵する魔力量を誇るアムドゥスキアスは誓った。


 アスタロトの腕から溢れた血は、途中で色を変えていく。赤から黒へ。それは闇を血に乗せて流し込む作業だった。魔力そのもので攻撃しても、あまり効いていない。ドラゴンのブレスのように、魔力と関係ない能力を使うしかなかった。


「久しぶりなので、失敗したら避けてください」


 味方を攻撃する可能性を示唆しながらも、ベールはゆっくりと力を注ぐ。やや赤い球体に注がれる力は、魔力ではない。神獣や霊獣が使う霊力で、霊亀が保有していた力に酷似していた。圧縮して爆発させるつもりだ。外側を魔力で覆った球体は徐々に膨らんでいく。その間も木々は根や幹を盾にして、ルシファー達を守った。


「ベール、行けるか?」


「あと5分ほどください」


「ならば時間稼ぎだな」


 トドメを差す役をベールに譲り、ルシファーは切れて短くなった髪をかき上げた。

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