1128. 微笑むという選択
「よかったぁ……ああ、ごめんなさいね。守ってあげられなくて……ごめんね」
すっかり母親のような心境でレラジェを抱き締めるアンナに、思わず貰い泣きするリリスがいる。ずずっと鼻を啜る音に、ルシファーがハンカチを提供した。泣きながら抱き締められ、レラジェも何故か大泣きだった。幼児なので仕方ないだろう。
リリスの説明によると、外見年齢にある程度影響されるそうだ。自分の中に成長した記憶があっても、感情や性格は幼くなるらしい。なるほどと納得しながら、リリスに3枚目のハンカチを提供する。もうタオルに替えた方がいいかも知れない。ルシファーがそう思い始めた頃、ようやくリリスが泣き止んだ。
「ありがとうございました」
「いや、事情はこれからだが……おそらく狙われたのはレラジェだからだ。この子はいろいろな意味で目立つから。妊婦に心配をかけて悪かった」
連れて帰ろうと手を伸ばすが、アンナはがっちりと抱きしめて離さない。それどころか、レラジェも同じようにしがみ付いてしまった。妊婦の精神的安定を考えると難しい。引き離す方がいいのか、このまま好きにさせた方が影響がないのか。
「俺が責任持ちます。レラジェを数日預からせてください」
「予定通りだからいいが、無理だと思ったらすぐに連絡をくれ」
連絡用の魔法陣を用意しながら、ルシファーは何度もイザヤに説明した。夜中でも明け方でも構わない。アンナの体調が一番だと言い聞かせる。嬉しそうに頬を緩め「ご心配ありがとうございます」と礼を言うイザヤに根負けする形で、ルシファーは城に戻った。
赤い鼻をハンカチで隠したリリスと腕を組み、帰城したルシファーを出迎えたのは……恐ろしい形相のベールだった。すでに説教されたルキフェルと一緒に叱られ、魔力を撒くように言い渡される。オレが一番偉いはずのに……と思いながらも文句を飲み込んだ。
城門の騒ぎを聞きつけた大公女達にリリスを任せ、護衛にヤンとイポスもつける。絶対に中庭より外へ出さないように命じ、大切なリリスを託した。無邪気に門の上で手を振るリリスに後ろ髪を引かれながら、ルシファーは手を繋いだルキフェルと現場に取って返した。
「ところで姫、レラジェ殿はどうしたのですか」
イポスの質問に、リリスはあっさり居場所を口にした。
「アンナのところよ」
「……たぶんですけど……話してはいけないと思います」
「一応秘密じゃないでしょうか」
ルーサルカとシトリーに注意され、リリスはきょとんとした顔でベールを振り返った。
「そうなの? ベルちゃん」
「呼び方はともかく、秘密なので言いふらさないでください」
毎回文句を言うが、毎回リリスはスルーする。分かっていても注意するのは、承知したと思われるのが嫌なのだろう。その点、聞かないことにして対応するアスタロトとは、性格の違いがよく表れていた。厳格にきっちりと法を適用するのは、ベールのようなタイプだろう。
「聞かれたらどう答えればいいの?」
「知らない、でいいのではないでしょうか」
ルーシアが曖昧に答えるが、嘘をつくことになるためレライエが反対した。
「言えないの方がいいぞ」
「僕なら答えずに笑ってます」
「「「それだ(よ)」」」
レラジェについて尋ねられたら、嘘を言わず笑って誤魔化す。消極的な方法ながら意外と有効な方法を導き出した翡翠竜達に、ベールはほっと息をついた。大公女と魔王妃の関係は重要ですから、今後もよい繋がりを続けて欲しいものです。そんな父親めいた気持ちを知らず、少女達は盛り上がって笑顔の練習まで始めた。
「幼子を相手にするようで、疲れます」
「仕方ないでしょう、事実子供なのですから」
自分達の年齢からみれば、どの魔族もほとんど赤子同然だと笑うアスタロトに、ベールは余計なことを言わずに微笑んだ。
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