987. 研究者の常識は非常識

 大量の銃弾を調べるアベルがうんざりした様子で、分解した残骸を眺める。ルキフェルが作った分解用魔法陣のおかげで、暴発の危険はなかった。緊張しながら弾をほぐすより恵まれた環境だ。左手の指を魔法陣に触れたまま魔力を供給し、空いた手で銃弾を置くだけの単純作業は眠気を誘った。


「あふっ……やばい、本気で眠い」


 留守にしたルキフェルが戻るまでに、この箱の分くらいは終わりたい。自動筆記でメモを取るペンを眺め、火薬の分量や構造を書き写さなくていいだけ楽だと気合を入れ直した。


「アベル、これを舐めるか? 目が覚めるぞ」


 大公女ルーサルカと婚約したアベルに対する魔族の扱いは、柔らかい。その上10年に一度の魔王チャレンジで褒賞を得た勇者でもあった。当人が思う以上に、魔族は彼を認めていた。力を重視する魔族の性格からして、魔王が認める実力者は尊敬に値する。


「何これ」


「飴だ」


 同様に欠伸したストラスが説明しながら、己の口に放り込んだ。アスタロト大公家の末っ子だった彼は、婚約者の義兄に当たる。つまりアベルにとっても未来の義兄だった。手の上に転がされた飴は半透明の乳白色だ。


 ハッカかな? 眠気覚ましなら甘い飴じゃないだろうと考えながら、ぽんと口に入れる。からころ、軽い音を立てる飴が口の中でちくっと痛みをもたらした。


「ん? 痛い?」


 奇妙な感じに飴を手の上に出した途端、ぐさっと棘が出た。びっくりして落とすアベルに、ストラスはがりがりと飴を噛み砕きながら「もったいない」とぼやく。


「棘っ、あ……」


 棘が出て刺さるところだったと訴えようとしたアベルは、棘が刺さって目が覚めたと喜ぶストラスの姿に文句を飲み込んだ。これは理解されないやつだ。


「どうした?」


「いえ。なんでもありません」


 作業に戻り、黙々と手元の箱の中身を分解する。忘れていたが、彼らは魔族だ。多少のケガは治癒魔法や異常なまでの自己治癒力で解決できる。俺は気をつけないと死ぬな。改めて実感しながら、箱の中身を分解し終えたところに、ちょうどルキフェルが戻ってきた。


「うわっ、誰。飴落とした奴」


 踏みそうになったルキフェルが文句をいって、パチンと指を鳴らす。ベタベタした棘だらけの物体は、この研究室で飴として地位を確立しているらしい。ルキフェルも間違うことなく飴に分類した。遠い目になりながら、仕分けを終えた弾薬を指差した。


「終わりました」


「お疲れさん……少し寝る? なんか目の下に隈出てるよ。人族って不健康だと死ぬんでしょ?」


「はぁ、ありがとうございます」


 不健康と関係なく飴で死にかけましたけどね。そんな言葉を飲み込んで示された隣室に向かう。仮眠室があるのは知っているが、開いたドアの向こう側を見て無言で閉めた。なんか、触手っぽいのが見える。


「どうしたの?」


「いえ、触手が」


「ああ。彼女は優しいしよく眠れるよ」


 肩凝りとか楽になるんだよね。マッサージ師のような説明をされたが、アベルは満面の笑みで仮眠室を辞退した。


「枕が変わると眠れなくて」


 最高の断り文句で切り抜けたアベルは、窓辺の椅子に崩れるように座った。なんてことだ。魔王ルシファーや婚約者のリリスは非常識だと思ってたけど、彼らはまともだった。


「うーん。分解した武器から判断して、小型の大砲と同じ原理みたい。アベルの世界の武器だよね」


「銃は力の弱い子供でも、大人を殺せる武器です。俺のいた国は使用禁止でした」


 警察官や自衛官は使ってたけど、そこは説明が複雑になるので省く。戦争でもなければ、一般人が銃を手に取る機会はなかった。


「それは危ないね。全部処分しよう」


 ルキフェルはあっさりと判断を下し、残った銃弾も銃本体も収納へ放り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る