137. ラッパ飲みの酔っ払い
小さな身体のどこに入るのか不思議だが、リリスは次々と食べ物を口にする。すべて食べきることはなく、ほとんどは齧る程度だ。ルシファーや足元のヤンに残りを渡して、また次の食べ物に手を伸ばした。普段ならアスタロトに叱られるが、今夜は口うるさい側近を撒いてきた。
城では食べたことがない物を頬張り、嬉しそうに笑う。肉のタレで汚れた手を、こっそりスカートで拭いているリリスに気付き、魔法でスカートを綺麗にした。またすぐに手を拭くだろうが、魔法の行使は大した苦労ではない。気付くその都度、魔法をかければいいのだ。
「ああ、そうだ。差し入れとしてワインを振舞おう」
手にしていたのはワイン瓶1本だが、別空間に保管したワインを取り出す。ハイエルフから献上されたワインは数が多いため、半分を城で保管して残りはルシファーが別空間に入れたのだ。国民と祝いの席で飲むなら、オレリア達も喜んでくれるだろう。
よくみれば、長い耳が特徴のエルフ族が複数混じっている。
「ハイエルフより献上された酒だ。きっと気に入るだろう」
「「「おお!!」」」
盛り上がる酔っ払いの前へ、樽を並べる。
一抱えある樽を5つほど出すと、口々に礼を言った魔族が柄杓で酒を分け始めた。ここで多少のケンカが勃発するのは酔っ払いの
「お前も飲め、ヤン」
酒から離れて座るヤンへ声をかけるが、彼は首を横に振った。護衛として酔うわけにいかないと考えるのは、真面目なヤンらしくて好感がもてる。しかし、祭の夜に多少羽目を外すくらい許されるだろう。
「ほら」
ほぼ強引にヤンを引き寄せて、瓶を逆さまにした。ラッパ飲みしたワインがほどよく回ったのか、目がとろんとしたヤンがよたよた歩いていく。後姿を見送ったルシファーは、次の瞬間、慌ててワインの瓶をひったくった。
ヤンに飲ませた瓶と並んでいたもう1本のワインを、リリスが真似してラッパ飲みしていたのだ。
「おお! さすが姫様だ」
「いやあ、立派な飲みっぷりじゃ」
周囲の酔っ払いは止めるどころか囃し立てる始末。多少リリスにワインがかかる。どうやら瓶に半分ほど残っていたらしい。全部飲み干していなかったことに安堵するが、慌てて水を作ってコップを手渡す。しかし真っ赤な顔のリリスはワインに手を伸ばした。
「ぱぱぁ……ん~、もっとぉ」
「ダメ! こっち飲みなさい」
「やぁ、ぱぱぁ。りりすをきらい?」
「嫌いじゃないぞ。大好きだ。でもお酒はダメ」
「ぱぁぱ、おねが~ぃ」
ワイン瓶を遠ざけるルシファーの腕にしがみ付いて強請るリリスは、頬を真っ赤に染めていた。とろんとして焦点が合わない赤い瞳、ワインを浴びてしっとりした黒髪、ほのかに香る葡萄の香り……白い肌についた赤いワインの色すら艶かしい――しかし、幼女である。
襲い掛かる気すら起こさない、どこまでいってもあどけない幼子だった。しかし彼女の香りに誘われたのか、一部の吸血種がふらふらと近づいてくる。彼らを適当に威嚇して追っ払いながら、ルシファーはリリスを抱き上げた。
ここはもう危険地帯、戦場だ。ワインに盛り上がるオークが雄たけびをあげ、エルフが大木を生やし、ドライアドが木を撫で回していた。その手前で吸血種がミノタウロスに噛み付く。まさにカオスだった。
翼や光の輪を出してじたばた暴れる娘からは、なんとか腕を抜け出して酒にたどり着こうとする執念が感じられる。魔法で彼女にかかったワインを消して、少し迷った。
身体の中から酒を分離できるだろうか。失敗して変なもの分離したら事件だ。迷った末、このまま連れ帰って眠らせることにした。
もちろん、アスタロト達にリリスの酩酊状態がバレないように――抜き足差し足、ようやく寝室のベッドにリリスを寝かせた頃、護衛のヤンを酒場に忘れたことを思い出す。
「まあ、あいつも1000歳超えたし……問題ないか」
いい大人(狼)だからな。気楽に考えて放置したルシファーが、護衛対象を見失った状況にパニックとなったヤンの遠吠えに起こされるのは……わずか30分後だった。
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