845. 輝く束縛の証

「緊張したか?」


「興奮したわ、だって皆喜んでくれて。本当に嬉しいのよ、私」


 にこにこと笑顔を振りまくリリスの後ろに控える少女達は、ベールの合図で移動を始めた。彼女らはこの後正式に『魔王妃殿下の側近』として地位を賜るのだ。レライエは婚約者をぬいぐるみのように抱っこしたまま、後に続いた。シトリーは緊張から青ざめている。


 リリスの黒髪に触れていた手で、ルシファーは収納から宝飾品を納めるビロードの箱を取り出した。一礼して出ていく大公達を見送り、リリスの前で開く。同じジュエリーが2セット入っていた。耳飾りは左右に1つずつで1セットとなる。4点あったのだ。


「婚約成立の証にこれを。リリスの両耳に飾り、オレも同じ物をつけようと思う」


 高そうな箱の中で、きらきら輝くのは王冠に使うのと同程度の高額な宝石だ。美しい金剛石は透き通り、艶があった。ケースの色が反射してわかりづらいが、色は青みがかっている。目を見開いて大粒の宝石を眺めるリリスへ、僅かに首をかしげて待った。


「これを……くれるの?」


「ああ、用意していた宝石だ。受け取って欲しい」


 ブルーダイヤの輝きを手に取ったリリスは目を細めた。眩しいほど光を集めて反射する大粒のダイヤモンドはピアスになっている。魔族にとって対のピアスは特別な意味がある。吸血種のように種族を示す意味で赤い石のピアスをしたり、獣人がリングのピアスをするのは有名だった。


 しかし種族に関係なく、互いが同じデザインの同じ宝石のピアスをするのは恋人や夫婦に見られる習慣だ。アンナ達日本人の婚約指輪と同じ意味合いを持つ。


「リリスがオレのお嫁さんだと、皆に見せびらかしたいんだ」


 ふっと頬を緩めたリリスが頷いた。魔族の女性達の装飾品は耳飾り、つまりイヤリング形状の物を言う。リリスの耳に穴は開けていなかった。


「痛いかしら」


「痛くないようにする」


 約束だと小指を出して、幼い頃と同じ方法で指切りをした。思い出してくすくす笑うリリスは、自らの手で黒髪をかき上げた。


 結い上げた両側、耳を隠すように垂らしていた黒髪を受けたルシファーの白い手が、器用に黒髪を絡めて髪飾りに引っかける。これで簡単に落ちてこない。ピアスを見せる目的も兼ねて、固定魔法陣も付帯した。


「少し冷たいぞ」


「わかったわ」


 冷気を纏わせた風を使い、リリスの白い耳たぶに穴をあける。緊張して失敗しないよう、魔法陣を用意しておいてよかった。震えた手に苦笑いし、ルシファーはリリスの手に持たせたピアスをつける。


「できたの?」


「鏡を見てごらん」


 取り出した手鏡を覗き込んだリリスは目を輝かせた。宝石よりよほど眩しい笑顔で「素敵」と呟く。ちなみにルシファー自身もピアスの穴を開けていない。


「ルシファーは、私がつけるわ」


 彼女に魔法陣を渡したルシファーの耳に穴を通し、リリスの手でピアスが通される。スタッドで1粒の大きな石が光り、下にブリーシンガルの銀鎖で雫型の大粒を揺らすデザインだった。


「お揃いだわ」


 嬉しそうに頬を緩めたリリスの額にキスを落とすと、少女は心得たように目を閉じた。誰も部屋にいないのを再確認してから、ルシファーが唇を重ねる。


「ルシファー様、そろそろ……何でもありません」


 ノックと同時に開いた扉が閉まり、顔を見合わせたルシファーとリリスが声に出して笑う。額を当てて笑ったあと、どちらからともなく指を絡めた。互いの耳に束縛の証が光る。


「よし、皆に挨拶をしなくては」


「行きましょうか」


 両耳に着けたピアスが絶対にとれないよう固定し、ルシファーは満足そうに頷く。魔王と魔王妃のお披露目会という、魔族最大のイベントが幕を開けた。

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