999. 久々に本気で戦えそうですね
マイペースで他人の話を聞かなくて、騒動ばかり起こす女――そんな認識はベルゼビュートに当て嵌まらない。賭け好きで書類処理が苦手、そのイメージも関係なかった。
目の前に立つ肌も露わなドレス姿の美女は、ピンクの巻毛をくるりと回す。髪のカールに小さな精霊達を宿し、にっこりと赤い口紅で弧を描いた。速さと卓越した剣技を武器に戦う彼女は、これでも精霊女王の名を冠する大公の1人だ。
甘く見た私の失態ですね。素直に非を受け入れ、虹色の剣から返り血を拭った。
「ケンカを売りに来たのですか?」
「いいえ。噛みつかれたから飼い主に文句を言いに来ただけよ」
左手を振ると、縦になった転移魔法陣が展開して人影を吐き出した。確認するまでもなく、同族だ。眷族と表現する方が正しいか。どちらにしても、こちらから手を出したのは間違いなさそうだ。そう判断したアスタロトが、剣を床に突き立てる。
「飼い犬の失態はお詫びいたしますよ」
国を2つ掠め取ったなら満足して引き下がれ。遠回しに突きつけたアスタロトに対し、ベルゼビュートは肩を竦めた。
「アスタロトのそういうところ、鼻につくわ。昔は可愛かったのに」
魔王の地位を争った3人の大公のうち、もっとも魔力量が多いのは彼女だ。精霊を使い、ありとあらゆる場から情報を集める。それらを手札に使い、様々な危機を乗り切った。普段が道化を演じているのかと思うほど、本気になった彼女は手強い。
「昔話をすると老けますよ」
「あらやだ……じゃあ、ちょっとだけ」
手にした聖剣をくるくると回して、赤い唇を指先で押さえた。お願いと強請る仕草に、苦笑いする。
「残った国はいくつでしたか」
「3つ。全部隣接してるの」
すべて計画のうちよと笑うベルゼビュートの誘いに乗るのも、悪くない。たまにはストレスを発散しないと、あの方の相手は疲れますから。自分が好きで側近を務めていても、やはり疲れは溜まる。ベールやルキフェルは発散する趣味や手段をもつが、真面目なアスタロトは溜め込んだ後で爆発する。
突然爆発されると被害が大きいから、そう嘯いたベルゼビュートがちょっかいを掛けてくるようになったのは、5万年ほど前だった。アスタロトが煮詰まると、些細な揉め事を理由にして戦いを挑む。その都度あちこちに迷惑をかけ、主君の手を煩わせることになっても……ベルゼビュートは彼が爆発するより被害が小さいと考えていた。
一度ひどい状態になったアスタロトを見たから、二度と目にしたくないと思うのはあたくしの勝手よね。
手にした聖剣を左から右へ振る。すっと後ろに避けたアスタロトの背にコウモリの羽が現れた。にやりと笑って、ベルゼビュートも羽を解放する。蜻蛉の翅に似た、透き通った美しい羽は彼女の自慢だった。
「限界は?」
「魔の森が無事ならいいわよ」
互いに手合わせの意味合いが強いが、それでもストッパーは決めておかなくてはならない。無事な3つの国を滅ぼしたら終了。一石二鳥と呟いたアスタロトの鼻先を、ベルゼビュートの刃が掠めた。目の下に薄く血が滲む。瞬きの間に傷は治癒された。
「剣に限る?」
「そうですね。範囲が広くなりすぎます」
使用する武器を限定した。縛りがないと魔法により、ベールやルキフェルの縄張りを荒らすことになる。4人で争うことになれば、魔の森への甚大な被害は避けられなかった。
「では、レディーファーストで」
「あら……あなたに女性扱いされるなんて、今夜は月が降るかしら」
くすくす笑うベルゼビュートが踏み込む。互いに剣技は有名な大公だ。アスタロトが下から振り上げた剣で受け止めて流した。わずかに生まれた動きの無駄を、ベルゼビュートの剣先が暴く。袖を切り裂く突きを、後ろへ下がってかわしたアスタロトが、唇を舌で湿らせた。
久々に本気で戦えそうですね。
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