702. 宴会の獲物を献上する狩り
祭りの初日は子供に振り回されたが、翌日は狩りイベントがあった。早朝から集った腕自慢達が、勢いよく森へ散っていく。魔王直轄領、すなわち魔王城の庭として認識される森で行われる、魔物狩りだった。普段は魔王軍や庭番のエルフが退治しているが、他の地域より魔物の発生率が高い。
尻尾を振って魔狼を率いて森に飛び込むヤンを見送り、後ろを振り返る。イポスに休みを与えたため、今日の彼女は公爵令嬢として参加した。さらにヤンが狩りに参加すれば、魔王と魔王妃の護衛がいなくなる。最強の魔王とその婚約者なので誰も真剣に心配しないが、側近は別の心配をしていた。
なにかトラブルを引き起こすんじゃないか? 周りの魔族に迷惑を掛けたら困る。そんなニュアンスの眼差しを向けるベールに、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化したルシファーが溜め息を吐いた。
「監視がついてしまった」
「仕方ないわ。ルシファーったら、騒動ばかり起こすんだもの」
自分のあれこれを棚に上げたリリスの断言に、ルシファーの唇が少し尖る。くいっと指で押し戻され、2人で顔を見合わせて笑いあった。
遠吠えや大きな羽音、何かが倒れる音が森に響き渡る。この狩りイベントでは、捕まえた獲物を配偶者や婚約者に献上する習わしがあった。狩りの獲物はその夜の宴会で供される予定である。そのため魔族は張り切って森を走り回るのだ。
「あ……」
飛んできた矢を結界ではじいたルシファーは、思い出したようにリリスに声をかけた。
「ヤンが獲物を献上したいと言ってたから、受け取ってやってくれ」
「わかったわ」
婚約者や配偶者だけでなく、主人である魔王へ献上したがる魔族も多い。ヤンが希望したリリスへの献上品も増えるだろう。今後のことを考えると、慣れておいた方がいいと判断してリリスも頷いた。
ドン! 激しい爆発音が振動を伴って森を揺らし、小さな鳥や兎が慌てて逃げ回る。飛び出した小動物が足元を走り、広場の反対側の森へ抜けていく。すぐに追いかける形で巨大なオークを咥えた小柄なドラゴンが姿を見せた。
森の影で濃色に見えた鱗は、陽が当たると柔らかな緑色に光る。翡翠竜アムドゥスキアスだ。オークを捕まえた彼は大喜びで、婚約者のレライエに見せるため運んできた。自分の体と大差ない獲物を得意げに差し出し、少し剥げのある背中や首筋を撫でてもらい満足気だ。
「仲が良くてよかったわ」
リリスが微笑ましいと呟けば、その響きに別の意味を感じ取ったルシファーが考え込む。ちらっと後ろのお目付け役ベールを窺い、隙を見てリリスに声をかけた。
「獲物を捕りに行ったら、受け取ってくれる?」
「……本当に?」
やっぱり獲物を献上されたレライエが羨ましかったのだ。ルシファーはリリスにいくつも結界を張り、隣に自分の幻影まで残して転移した。離れるのは不安だが、リリスに大きな獲物をプレゼントしたい。幻影のルシファーを見上げ、リリスはくすくす笑いながら森へ視線を戻した。
一抱えもある魚を釣り上げたジンが、婚約者のルーシアに駆け寄る。すぐ近くで獣人系の女性へ、角兎を献上する男性も現れた。誰もが己にとって大切な人へ獲物を持ち帰る中……ひときわ大きな雷が森に落ちる。
「ルシファーね」
「あの人はどうして勝手に動くのでしょうか」
呆れたと呟く声が近くて、リリスはびくりと肩を震わせた。幻影のルシファーを吹き消したベールは、眉をひそめて森を見やる。
「相談すればいいでしょうに……」
「相談したら許可してくれた?」
「無理です」
思い切りのいい否定に、リリスは目を大きく見開き……少しして吹き出した。涙がにじむほど笑いながら、戻ってきたヤンから獲物をもらう。リリスが大好きなオークだ。コカトリスはこの周辺に生息していない上、空を飛ぶ魔物は魔獣にとって失敗率が高い。確実性を求めて地上を逃げる獲物を選んだのだろう。
「ありがとう、ヤン。あとでベーコンにしましょうね」
「我が君はどちらに?」
きょろきょろと見まわすヤンの後ろから、転移を使うルシファーが現れる。リリスの隣に立つベールに驚き、居心地悪そうに視線をそらした。黙って姿を消すのは叱られると認識しているが、相談しても許可が出ないとわかっている。
「あの……その」
「手にした獲物でバレています。今回は見なかったことにしましょう」
魔王妃殿下のお披露目がある即位記念祭ですから。許可は出せないが、気づかなかったフリはしてあげられます。別の形でルシファーの勝手を許したベールは、後ろに積まれた獲物の大きさに肩をすくめた。
この獲物を持ち帰ればアスタロトは黙っていないと思いますが……そこまでベールが管理すべき理由はない。翼を広げて狩りに出た養い子ルキフェルの帰りを待つ素振りで、ルシファーの獲物から目をそらした。
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