332. これで狩りはおしまいか?
叫んだリリーアリスだが、リリスの手には並々とベリージュースが揺れるグラスがある。渡そうと差し出したリリスがきょとんと首をかしげ、困ったように後ろを振り返った。
「リリス様が仕返しすると思ったのでしょうね」
怯えた様子のリリーアリスを示しながら、シトリーが指摘する。得心がいった様子で、リリスはグラスを下げた。彼女の手にあったジュースをそのまま返そうとしたのだが、やはりドレスにかかった以上、魔法陣経由で分離しても捨てた方がよかったのだと頷いた。
だって、もう飲めないものね。
的外れな感想を抱くリリスからグラスを回収したシトリーが、近くのテーブルに置いた。心得た侍女がすぐに片づける。リリスはシトリーが告げた『仕返し』を上から掛ける意味ではなく、無理やり飲まされると解釈した。かなりズレているが、誰も指摘できないまま終わる。
「立てるかしら?」
屈んだリリスの白い手袋越しの助けを、リリーアリスははね
「困ったわね……」
怯える獣を手懐ける方法を思い浮かべながら、リリスは身を起こした。とりあえず、床に座るリリーアリスを立たせようと思ったが、震えながら拒絶された状況に唇を尖らせる。困ったと言いながら、助けを求めるようにルシファーへ目を向けた。
「パパ」
「なんだ? リリス」
ついに仮面を外したルシファーが近づいた。その優しい眼差しの先で、リリスは素直に
「この金魚を無事にガラス鉢に返してあげたいの」
何が何でも『金魚扱い』にして、無事に帰したいと告げるリリスに近づいて、黒髪と額にキスをする。目の前で行われた想い人の他者へ対する愛情表現に、リリーアリスは泣き崩れた。感情がぐちゃぐちゃで何もわからない。
大広間の音楽は止んでおり、しんと静まり返っていた。冷たい目をした貴族がひそひそと噂を始める中、魔王の側近達は自業自得のリリーアリスに眉をひそめる。
アスタロトの以前の予想通り、この騒動の元凶に気づいたのは、
黄金色の肌、青髪、緑の瞳をもつ辺境伯の一人娘――境遇はイポスに似ている。可愛がられて育った我が侭娘である伯爵令嬢リリーアリスは、かつてリリスの側近候補に名を連ねた娘であり、その際に間近で見たルシファーに恋をした。
よくある話だが、問題はここから先だ。彼女は「魔王妃は幼く、彼女が成婚年齢に達するまでの側妃が必要だ」と主張した。そこに野心を捨てきれない一部の貴族が同調した。この騒動は昨年起きたもので、リリスが成人する16歳で結婚する取り決めの原因でもある。
結果的にリリスは嫁入り年齢が決まり、リリスも魔王も喜んだのだが、リリーアリスは側妃の座を諦められなかった。その恋心が今回の騒動の発端となる。
惚れた人は別の女の子を愛していて、近づこうと意地悪したら断罪騒動に発展し、親まで自分を見放した。最終的に間違いなく嫌われた状況は、彼女が消化できるキャパシティを超える。号泣しながら床に伏せたリリーアリスへ、リリスは取り出したハンカチを侍女経由で渡した。
「簡単だ、余に任せよ」
左腕で優しくリリスを抱き寄せ、右手に描いた魔法陣でリリーアリスを包む。そのまま転移で彼女を消してしまった。
「へ、陛下。声をかける無礼をお許しください。我が娘は……その」
殺されたのか、追放されたか。不安に震える声へ、ルシファーは淡々と答える。
「心配いらぬ。そなたの領地にある屋敷前に転移した」
「……っ、寛大なご配慮に感謝申し上げます。一族の忠誠を魔王陛下に」
最敬礼で感謝を示したラゼル辺境伯が一礼して下がる。仮面をひらひらと手で弄びながら、ルシファーは最後に頼ってくれた愛し子に穏やかな表情を向けた。
「これで
満足しただろう? そう尋ねるルシファーは、まったくもって盛大な勘違いしていた。リリスの狩りの獲物は金魚で、この仮面舞踏会で仕留めることを狙っていた――と。
舞踏会開催のお強請りや、執務室で書類を垣間見ていた態度から、舞踏会で何か仕掛けると考えたルシファーとその側近達の予想は、意外な方向に裏切られた。
「何を言ってるの、パパ。狩りはこれからよ」
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