70章 人族の大量落下事件

952. 山積みの未処理書類

 ルキフェルの報告を得て、ベールが溜め息をついた。辺境警備のベルゼビュートを魔王の護衛につけたため、手が足りない。魔獣達も魔王軍も忙しい状況で、落ちてきた人族の原因調査に貴重な人材を割いた。


 ここにきて、さらに奇妙な目玉の回収が重なり、ベールは「呪われている」と呻いた。大公4人で回す業務は膨大で、1人休むと負担が増える。さらにベルゼビュートが通常業務から外れれば、戦力は半分だ。何とかしなくては……ベールが焦るのも当然だった。


 ベルゼビュートを操ったという物体を眺めるルキフェルも、研究の時間を犠牲にして事務処理を手伝っている。彼にいつも通り自由な研究をさせるために、眠ったばかりのアスタロトを起こすべきか。いや、彼は前回の眠りも3ヶ月で切り上げたので、半年は眠らせたいですね。


 あまり眠りを削ると、吸血種は攻撃的になる。寝不足で機嫌が悪い程度なら我慢できるが、いきなり攻撃された過去の苦い失態が過った。温泉地に穴を開けたのは、その時でしたね。溶岩と熱湯が噴き出した穴は、現在間欠泉として観光地になっている。結果として良い方へ働いたが、危うくベールの腹に穴が開くところだった。


「仕方ありません。ベルゼビュートを業務に戻しましょう」


「いいけど、僕とベールのどっちかが欠けたら、今度こそ事務が止まるよ」


 ベルゼビュートに事務仕事は無理。ルキフェルは淡々と事実を突きつけた。置いた目玉の残骸を観察しながらも、手元の書類を処理していく。ルキフェルが護衛に出てもいいが、ベルゼビュートの署名は汚く時間がかかる。処理速度が格段に落ちるのは目に見えていた。


「考えたのですが、陛下は転移が得意です。毎日城から視察に出ていただけば、夜間の警備が省けますし……」


 ちらりと大量に積まれた書類に目を向ける。意味を理解したルキフェルが肩を竦めた。


「たしかに助かる」


 大公3名以上の署名をもって、魔王の署名と同等の効力とする――つまりルキフェルとベールが署名して積み重ねた書類は、まだ発効していない。魔王が戻り署名して印章を押せば、これらの書類はすべて片付くのだ。


 ルシファーに仕事をさせる目的で制定した法が、今の自分達の首を締めていた。だが正当な理由なく、数万年継承した仕組みを変更できない。今回のお披露目と視察を乗り切れば、何とかなるのだ。無理に法を変える必要はなかった。


 護衛のイポスとヤンも過剰労働だ。交代で眠ったとしても、疲れは残る。その点をつけば、ルシファーも同意するだろう。向こうで起きた新たな事件も知らず、ベールは新たな書類を作成した。そこに書かれた視察内容の変更依頼に、ルキフェルはさらさらとサインして返す。


「迎えに行く?」


「ええ、ですが大公が全員城を空けるわけにいきませんから、お願いできますか?」


 頷いたルキフェルは、依頼書に並んだ2名分の署名を眺めてから廊下に出た。あとはベルゼビュートの署名を貰えば問題ないし、その場で彼女を辺境の仕事に戻せばいい。研究の時間が増えるといいな。軽い足取りで中庭に出ると、魔王の魔力を終点に選び……首をかしげる。


 あれ? リリスの魔力が薄い。


 不思議に思うが、気のせいだと流した。ルシファーの隣にいて、リリスが失われる可能性はゼロだ。あの日の油断を彼は心から悔いた。だから同じ失態をするはずがなく、ルキフェルは鼻歌を歌いながら転移を発動する。


 その頃、魔王と魔王妃の視察団一行は魔獣達に囲まれ、身動きが取れなくなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る