371. 償いのために生き抜いて果てろ

 いつの間にか大人しくなったリリスが、じっと見上げてくる。真っ赤な瞳を覗きこんで、自然と浮かんだ笑みで口元が緩んだ。


 ただただ可愛くて、ひたすらに愛しい。こんな感情を、彼らも子孫に対して抱くのだろう。


「ならば、命を絶つことを禁ずる。爵位を男爵まで降格し、そなたの孫は自らの力を正当に示す機会を与えよう」


 公爵から男爵への降格は、まずあり得ない処罰だった。通常は伯爵まで2位の降格が最大の罰であり、それ以上の罪には自害や断絶などの極刑が下される。前例のない命令に、モレクは自覚がないまま涙を零した。


 死なずに孫の成長を見守り、タカミヤ男爵の孫が実力を示せば爵位を戻すこともあり得る。一族復興の希望を与えたルシファーは、涙を零すモレクに言い聞かせた。


「幼子に罪はない。孫をきちんと育て上げよ。それが償いだ」


 弟の暴走を見逃した罪に対する贖罪しょくざいを突きつけ、膝の上のリリスが掴んだ白い髪を口に運ぶのを見守る。神龍族の中でも強い魔力をもつタカミヤの血筋を絶やす必要はなかった。彼らの誇りや自負を保った形で、やり直す理由と恩情を与える。


「エドモンド」


「はっ」


「そなたの父にも、自害は許さぬと伝えよ」


「……な、なぜ」


 ベールやアスタロトが黙っていた事実を告げられ、父の覚悟を知る主君を食い入るように見つめた。見開いた目に映るルシファーは、玉座の上で長い足を組む。


「知らないと思ったか? それだけ青い顔をしてれば気づくぞ。老公爵の性格からして、一族の行く末を確かめたら首を落とすくらいの覚悟はあるだろうさ」


 砕けた口調になり、苦笑いしてリリスの黒髪を撫でる。きゃっきゃと声を上げるリリスに指を掴まれると、撫でる手を止めて彼女の好きにさせた。口に突っ込んで歯茎で噛む赤子を、愛しくてたまらないと示しながら引き寄せる。


「誰も彼も責任取って命を粗末にするが、オレにとってお前らは子供同然だ。後から生まれてオレより先に死んでいく。ただでさえ短い命を、身勝手な理由で散らす許可なんて出せるわけがない。悪いと思うなら、償いのために生き抜いて果てろ」


 モレクが崩れるように泣き出し、隣のエドモンドも床に伏して感謝を述べる。そんな男達を見下ろし、ルシファーは苦笑いした。


 実行犯はアスタロトやベールが厳しい処罰を行うだろう。力で支配する魔族の在り方を考えれば、信賞必罰しんしょうひつばつの原則は曲げられない。しかし巻き込まれた親族まで厳しく罰していけば、遠からず魔族の中で争いが始まり、いくつもの種族が滅びてしまう。


「オレは死ぬことが忠義など認めた覚えはない」


「ご立派でございます、陛下……ですが少々お言葉が」


 崩れておられますよ? にっこり笑って注意するベールに、顔を引きつらせたルシファーがぼやいた。


「いいこと言ったと思うんだけど」


「へ、い、か?」


「わかった」


 慰めるようにぺたぺた触れる小さな手に癒されながら、ルシファーは厳しい部下に頷いた。リリスが「だぁ!」と声を上げながら、周囲に愛想を振りまく。ぱちぱち手を叩く仕草をして、イポスが手を振ると嬉しそうに笑った。


 ほんわかした雰囲気が広がりそうな謁見の間で、ベールが場を引き締める。


「サータリア辺境伯令嬢、オレリア」


「はい」


 数歩進み出て、ルシファーに一礼してから膝をつく。モレクとエドモンドが身を引いた。入れ替わる形になったオレリアの長い薄緑の髪が床の上に広がる。


 ベールに召集されたと告げた少女は、次の声掛かりを待って顔を上げた。


「調査結果を報告してください」


「魔の森の枯れは、魔王城周辺のみならず各地で報告されております。各種族が管轄する場所ではなく、新たに広がった外区域を中心として、全体の半分ほどに及ぶ広範囲でした」


 予想外の報告にルシファーが首をかしげる。魔王城の庭で魔力を強制回収したのに、森の一番外側の新しい部分が枯れる理由がわからない。森の番人と言われるハイエルフが調べた結果に間違いはないが、奇妙な現象に眉をひそめた。

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