28章 魔の森、復活大作戦
372. 魔族最強種族は赤子でした
「原因は調査中です」
ベールが付け加えた言葉に、ルキフェルが「僕も協力するよ」と名乗りをあげた。研究や記録に関しては右に出る者がいないルキフェルの協力に「心強いですよ」とベールが髪を撫でる。
「おかしい、オレにだけ冷たい」
ぼそっと呟いたルシファーだが、左腕のリリスが「るぅ!」と呼んだ途端に頬を緩めた。歯茎が痒いのか、また指を咥えようとするので、取り出したおしゃぶりを与える。むぐむぐと口を動かして身を揺する赤子が、真っ赤な目でオレリアを見つめた。
何か気になるらしく、じっと見つめたまま動きを止める。オレリアが首をかしげた動きで、さらりと薄緑の髪が流れた。とたんにリリスが興奮してじたばた動き出す。手を伸ばす仕草からして、髪が気になるのだろうとルシファーは判断した。
「ごめんな、リリス。報告が終わったらね」
「うぅ!!」
赤子に「後でね」は通じない。今触りたいのだと暴れ出してしまった。場は和むが、一応公的な場なのでルシファーは困惑顔で抱き直す。縦に抱っこしてリリスの視界からオレリアを外そうとする。しかし赤子は柔らかい身体を反らせて、無邪気に手を伸ばし続けた。
「……えっと、休憩をいれていいか?」
「仕方ありません」
あまりに暴れるリリスに驚いたベールやアスタロトも、苦笑いして許可を出した。多少騒ぐことはあっても、過去にリリスがこういった行動に出たことはない。赤子らしいのだが、この様子では少女の頃の記憶は残っていないかもしれないと、彼らは肩を落とした。
玉座から立ち上がったルシファーが階段を下りて、立ち上がったオレリアに向けてリリスを近づける。
「オレリア、ちょっと頼む」
「はい」
素直に長い髪を触らせようと差し出すオレリアだが、リリスが気になったのは耳だったようだ。小さな手を伸ばして、ぎゅっと耳の先を握った。赤子の手は遠慮を知らないため、勢いよく耳を引っ張る。
「い、った……」
「悪い。リリス、離して。ダメだぞ」
強く掴んだ赤子の手を外そうとするルシファーの横から、別の手が入った。慣れた手つきでリリスの手を緩めると、指を一本握らせて上下に振る。しわがれた手を揺すって笑うリリスは、別に耳じゃなくても構わないらしい。
「モレクは慣れてるな」
「ここ数年は孫の相手ばかりでしたゆえ」
年の功というべきか。別の物に興味を移せばいいと解決方法を示した老人の横から、イポスが顔を寄せた。今度は結った金髪が気になるリリスは、掴んだ指を離して小さな手を伸ばす。
「リリス?」
きゃっきゃと声を上げてイポスの金髪に触れたリリスは、結い上げられた髪が掴めないことに顔を歪める。大きく息を吸い込んで泣き出しそうになった。
「あらあら、すっかり元通りね」
ベルゼビュートがピンクの巻き毛をひらひらと揺らして興味を引く。すぐに掴んだリリスが目を輝かせた。興味の対象がつぎつぎと移るのは、大切な成長過程のひとつだが……以前よりお転婆になったかも知れない。
「前もヤンの耳を引っ張ったり、陛下の指を折ったりしましたから」
言われてルシファーも懐かしく思い出した。獣人の尻尾の毛を毟ったこともあった。おしゃぶりをもぐもぐしながら、リリスは大きな目に映るすべてに興味を示す。まるで人生をやり直しているようだ。
「ゆっくり成長すればいいと願ったこともあったな」
くすくす笑い出したルシファーの本音に、アスタロトも「確かにそのような発言をされましたね」と頷いた。あの頃はリリスが成長するたびに「抱いていられる赤子の期間が短い」と文句を言いながら、なんとか腕の中に留めようとした。ある程度大きくなっても抱いて歩いたのは、寂しかったせいだ。
「いいことじゃないの。大体あの魔力量で子供時代が短すぎたわ」
ベルゼビュートに指摘されて気づいた。確かにそうだ。リリスの魔力量からして、数万年の寿命があるはずだった。ならば子供時代は相応に長く、自分で時を止めたルキフェル程ではなくとも、少女の外見に育つまで100年単位の時間が必要だろう。
人族や魔獣のように寿命が少ない種族ならばともかく、長い年月を生きる種族ほど子供の期間は長い傾向にあった。ゆっくり成長して必要な知識を蓄えて身体を成長させなければ、大人となってからの長い命を全うできないのだ。
人族のハーフという先入観があったため、誰も異常だと指摘しなかった。結婚適齢期の15~6歳前後の外見に育つには、本来100年以上の時間がかかる。
「そうだったな、初代オレリアの時も100年かかった」
ハイエルフより長寿のリリスが、1年ごとに人族と同じ年の取り方をするのはおかしい。
「リリス姫は急激に成長されましたから」
「今考えるとおかしかった気がします」
口々に意見を述べながら、手持ちの小物でリリスをあやし続ける側近や貴族達に、ルシファーは目元を和らげた。分裂しそうな魔族の亀裂を、腕の中のリリスが修復してくれた気がする。今にも自害しそうだったモレクやエドモンドの穏やかな表情を見ながら、心の底から嬉しそうに微笑んだ。
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