370. 道はあるか?
「我が領内に作られた研究室ですが、白衣の研究者は燃やされた証拠品の
淀みと呼ばれる現象は、純血を重んじる一部の種族にみられた。血縁が近い者同士の子供の中に、遺伝情報の狂った者が生まれる。その子供自体は大した影響を受けなくても、数代同じ繁殖行為を続けると変異種を生み出す原因となった。
変異種が生まれることは魔族にとって忌むことではない。新しい特異種は進化のひとつの過程であるという考え方もあった。しかし純血を重んじる種族にとって、自分達と違う外見なり内面をもつ子供は排除対象となる。
捨てるならまだしも殺害し、生まれた事実すら抹消する事例が露見し、法によって取り締まられた経緯がある。つまり淀みが見られた研究者達は、血筋を誇る貴族家出身者である可能性が高いという意味だ。
「神龍族の血統をすべて調査しております」
これは吸血種族がもっとも得意とする分野だった。僅かな血を提供させ、研究者と同じ血の淀みをもつ家系を特定するのだ。調査すると言いながら、アスタロトの視線はモレクの上から外れなかった。
特定は終わっているのだ。彼が自らの罪を自白するための舞台なのだから。
「……我が主、魔王陛下に申し上げます。我が神龍族に、謀反を企む輩が……おり、弟であるベレトを中心とした派閥が……」
声が途切れる。モレクが覚悟を決めて顔を上げた。若かりし頃の毅然とした潔い彼の姿を、今の年老いた彼の顔に重ねたルシファーが「辛いな」と呟く。
「私が弟以下の謀反人を捕らえますゆえ、孫の……いえ、一族の存続だけはお許しいただきたく、伏してお願い申し上げます」
己に処断する権利も力もない。ただ捕らえて差し出すのみ。家も孫も、優柔不断で動けなかった己が殺すも同然だ。覚悟を示した彼の本音が一瞬だけ垣間見える「孫」という単語に、アスタロトは苦虫を噛み潰した表情で息をついた。
もっと早くモレクが動いていれば、一族だけでなくタカミヤ家も存続の道が残されていたのに。ぎりぎりまで逃げ回った結果がこれだ。
法に照らせば、孫は廃嫡されて家は断絶となる。タカミヤ家から嫁いだ女性達が生んだ、神龍族に分類される子まで処罰の対象であった。
モレクが弟ベレトを早く切り捨て、当主として一族の不正を告発していたら……ドラゴニア公爵家同様に残せたのだ。時間を戻す術があるなら、モレクは命がけでそれを願っただろう。
生きた者の時間を巻き戻すことは魔王にすら不可能だが、それでも考えてしまう――もしも、あのときと。
「……モレクが生まれた日を覚えている。そなたの父も祖父も、余が名を与えた」
名を考えたのは側近達だが、実際に与えて名付けたのは魔王自身だ。そう告げるルシファーの真意がわからなくて、モレクは恐る恐る視線を合わせた。玉座に腰掛ける魔王の表情は穏やかで、膝の上でぬいぐるみの耳を齧る赤子の黒髪を撫でる。
「るぅ!!」
リリスが手の中のぬいぐるみを放り出し、ルシファーの手を掴んで上下に揺さぶった。両手で揺する彼女は、自分自身も立ち上がる勢いで身体を揺らす。
「こうして膝に抱いたこともあるのだぞ」
興奮したリリスが落ちないよう抱き直して、ルシファーは眉尻を下げた。悲しそうな表情に、続く言葉を言わせたくなくてモレクが声をあげる。自分の愚かさで、魔王をここまで煩わせるなど……許されない罪だと思った。
「神龍族のすべてが、私のように愚かなわけではございませぬ。一族の忠義は純白の魔王陛下に捧げてまいりました。なにとぞ……我が公爵家の首をもってお許しください」
「アスタロト、道はあるか?」
「我が主、魔王陛下……尋ねるのではなくお命じください」
膝をついて衣の裾に額を当てる服従の姿勢を示したアスタロトの言葉に、ルシファーは少しだけ表情を和らげた。
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