492. 家が欲しいです
きょとんとした顔でアベルが見つめ返し、慌てて俯いた。他人の顔を凝視するのは失礼だと、祖母に叱られた記憶が脳裏に蘇る。
衣食住と満ち足りた現状で、今後の生活を維持する仕事も与えてもらえる。何が不足かもわからないのが本音だった。
学生であり一人暮らしの経験もない。この世界の常識も中途半端なので、悩んでしまった。そういえば人族の魔術師は偉そうに上から目線で叱るだけだったが、きちんと習えば魔法が使えるだろうか。
「魔法を覚えたいのですが、どなたか先生をご紹介いただけると助かります」
「確かに使えた方が便利だろう。心あたりがあるゆえ、手配しよう」
あっさりとアベルの願いが通ったのを見て、アンナがおずおずと口を開いた。
「あの……私は兄と暮らせる家が、欲しいです。もちろんローンでお支払いしますけど」
「ローン、とは?」
この世界はローンがないのか、ルシファーが不思議そうな顔をする。彼らは誰も気づかなかったが、魔族の中にも割賦払いの制度は存在した。ただ魔王自身は利用した経験がないため、わからなかっただけだ。この場にベールやアスタロトがいれば、淡々と説明しただろう。
大きな買い物をする時に数回に分ける割賦払いは、街で尋ねれば簡単にシステムを教えてもらえる。そのことを召喚者達が知って「世間知らずの魔王様とか、ないわ」と遠い目をするのは、数ヶ月後のことだった。
「中古で構わないので、空家を貸してもらえますか?」
妹が豪華すぎる城に馴染めないのは仕方ない。
「あ、僕も自分だけの家が欲しいです」
積極的に考えて動く彼らの様子に、良い傾向だとルシファーは目を細めた。ぐいっと髪を引っ張られて俯くと、リリスが一生懸命に髪を編んでいる。さらさらして編みにくい純白の髪に、手が届く範囲で摘んだ花を差し込んだ。編むというより絡めただけだ。
「パパ、みて! すごい可愛い」
「そうか? ありがとう、器用だな。でも可愛いのはリリスだぞ」
息をするように幼女を褒めて
「魔王様は
「家の問題と魔法の教師は用意させる。後は思いついたら
リリスが編んだ髪を花ごと固定して、ルシファーは嬉しそうに指先でつつく。話に向いている意識は半分ほどだろう。微笑ましい光景に駆け込んできたのは、ルーサルカだった。
「陛下、リリス様、ご歓談中に失礼いたします」
跪礼をして声掛りを待つ少女は、白茶の尻尾を機嫌よく揺らす。何やら良い知らせだろうと予想し、「いかがした?」と問いかけた。
「リリス様の新しいドレスが届きました。ぜひ試着をお願いしたく……」
「ドレス?」
頼んだ記憶がない。サンダルは頼もうとしたが、アスタロトに止められた。声に滲んだ疑問の響きに、ルーサルカは微笑む。
「リリス様と出会って10年目の記念に、私達がお金を出し合って作りました」
そこで言葉を切って、リリスに向かい手を差し出した。
「リリス様の好きなピンクにしましたの。袖を通してくださいませ」
「ルカとみんなで? リリスがもらえるの?」
驚いた様子のリリスがルシファーを振り返り、幸せそうに笑った。それからクッションから飛び降りてよろめきながら、笑顔で待つルーサルカの手を握る。
「ありがと! すぐ着替える! 行こう!!」
「すぐに行く。先に行ってくれ」
危険なのでリリスの靴を履き替えさせたあと、ルシファーが彼女らを送り出した。はしゃぐリリスを連れたルーサルカの背中が見えなくなる頃、ルシファーは3人に向き直る。
「そなたらの召喚は、我ら魔族が知らぬ蛮行とはいえ、申し訳ないことをした。世界を
口々に礼を言う3人に頷き、心残りを昇華したルシファーはゆったりとガゼボを後にした。
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