1245. やたら忙しくなったよね

 子育て環境の改善案は、あっという間に賛同を得た。これに関しては働く母親はもちろん、夫や両親からも早期実現を望む声が上がる。アスタロトら大公もいち早く賛成した。


「もっと早く実現してやればよかった」


 この声は聞こえなかったな。子育てした経験があるだけに、ルシファーは不甲斐ないと嘆く。


「仕方ないわ、誰もどこへ届けたらいいかわからなかったんじゃない?」


 慰めるリリスの言葉に、ルシファーが眉を寄せた。それも困る。今後を考えれば、気軽に魔王城へ意見を届ける方法が必要だった。大公3人と魔王が男性という状況で、唯一の女大公が辺境に出歩いている。気軽に女性が相談できる女主人が、ずっと不在だった。


 今後は女主人リリスが対応できるとして、大公女達に相談窓口を担当させたらどうか。よくする案については、誰もが知恵を絞ってくれる。大公女や魔王妃に相談できる事を広めるのが先決だった。


「ねえ、ルシファー。アンナ達に教えてもらったのだけれど、図書館を作りたいの」


 新しく覚えた単語を持ち出すリリスの声に、ルシファーは「図書館?」と繰り返した。大量の本を所有し、魔族の誰でも自由に借りることができる。読み終えたら返却し、新しい本を借りるシステムだ。娯楽の普及で作家を支援するのと一緒に、読む側の経済的負担を消し去ることが出来る。


「全員が字を読めるわけではないから」


 考え込むルシファーに、アスタロトが別の案を持ち込んだ。これはアベルを始めとした、文官達が創案したらしい。


「文字を教える施設か」


 読み書きを教える施設と図書館を併設する。そこに保育園もくっつけて、各地に増やしていく計画だった。これは日本人が知る「福祉」という考え方だ。文字が読めて邪魔になることはないし、嫌なら通わなくてもいい。だが選択肢を与えることが重要だと結ばれていた。


「よかろう、費用は後で考える」


「あたくしは賛成よ。計算してみたところ、あと20年ほどは備蓄を集める必要がないでしょう? だからその費用が余るのよ」


 試算表を作ったベルゼビュートは、相談を持ちかける前にルシファーの執務室に足を運んだ。計算済みの書類を抱えた彼女は、肌の色艶もいい。いつもなら計算が終わる頃には、げっそりしているのだが。


 当然のように隣で微笑むエリゴスのお陰らしい。ピンクの巻毛もくるんと元気だった。ベルゼビュートの言葉通り、備蓄関係は現在使う方へ傾けられている。栄養不足の動物や魔獣への補充に加え、水害への対応があった。


 減り続ける備蓄は、魔の森の回復具合を見ながら、20年後に改めて増やす予定が立てられていた。それまでは消費する一方だ。その間、普段は備蓄の買い入れに使用する費用が浮いた。


 おかげで予備費用が潤沢で、これを充てることが可能となる。20年あれば、隣の大陸も含めて全域をカバーできそうだった。


「全員の案を纏め、20年の計画書を提出してくれ」


 アスタロトに命じた魔王の決断は、作家支援のお祭りで一気に民に広がることとなる。多くの支援者や協力者が名乗り出て、計画は二転三転するのだが、それもまた少し先の話だった。


「大変よ、ルシファー。カカオの木が燃えたわ」


 カカオの手配をアデーレと相談していたリリスの叫びに、それは大変と立ち上がる。収穫の手伝いをしていた鳳凰が、うっかり燃やしてしまったらしい。作家の書いた作品じゃなくてよかったじゃないか、奇妙な慰めかたをしつつ、ルシファーは消火の手伝いに向かった。


「ここに印……あれ? ルシファーは?」


 論文と転移魔法陣の大量生産に追われ、徹夜続きのルキフェルが目の下に隈を作って顔を出す。空の執務室に大量に積まれた書類を見て、溜め息を吐いた。


「ここ数十年、やたら忙しくなったよね……ん? リリスが来てからか」


 そう呟いて青い髪を乱暴にかき乱した。書類の一番上に押印を希望する一枚を積んで、ルキフェルは執務室のソファに横になる。少しだけ……その仮眠が思ったより長くなり、帰ってきたのに起こさなかったルシファーへ八つ当たりするのは、数時間後である。

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