1199. 産まれたみたいだな

 途中ですれ違った侍従のベリアルに、アスタロトへの伝言を頼む。仕事を依頼されたベルゼビュートが叱られると可哀想だ。気遣いの出来る魔王は、リリスと腕を組んで城門へ向かった。後ろに従うヤンを手招きし、その背に跨がる。


「よし、アンナ嬢の出産を助けに行くぞ」


「やったぁ!」


 大喜びのリリスを前に乗せ、ルシファーはヤンに出発を告げた。伏せた状態のヤンは複雑そうに唸る。


「邪魔になるから、行かないのではなかったのですか?」


「別にオレが一緒なら、何とでもなるだろう」


 急かされ、ヤンは渋々歩き出す。走らずにのったりのったり歩くので、速度は大して速くなかった。正直、相当遅い。だがルシファーは文句を言わなかった。リリスも不思議そうにしたものの、赤ちゃんの愛らしさをあれこれ語っていた。


「前に見せてもらったアラクネの子は、ぶわっとたくさん出てくるの! 成長できる子は少ないけど、それも食物連鎖だと言っていたわ。小さいのよ、こんなの」


 指で小ささを示す。頷くルシファーに褒められると、嬉しそうに次の話に移った。


 かつて訪れたラミアの子を見たいだとか、エルフの子はどうして外の種族に顔を見せちゃいけないのか。疑問を口にしては、ルシファーから説明された。ラミアは繁殖期に一気に赤子が産まれるため、その時期に遊びに行くのは邪魔になること。やたらと長寿なエルフは保守的な考え方の老人が多く、古い慣習がいくつも残っていること。説明されるたびにリリスは目を輝かせた。


 魔の森の娘だが、リリスは他種族の話に詳しくない。生まれてまだ15年程しか生きていないのはもちろん、魔の森が持つ記憶を譲られていなかった。


「魔の森に記憶を譲ってもらわなかったのか?」


 竜族や神龍族、エルフも含めて長寿の種族は記憶を継承することが多い。神獣や幻獣もそういった儀式を行い、生き延びる術を教える。尋ねられたリリスは「いいえ」と首を横に振った。


「私はルシファーのために生まれたんだもの。何もかもルシファーが思う通りに育てればいいんですって」


 ルシファーが自分好みに育てて、側に置けば良い。そう考えたのか。無責任な気もするが、ダメなら再チャレンジする気かも知れない。ぎゅっと抱きしめ、ルシファーは囁いた。


「オレはリリスがいい」


 他の子はいらないぞ。その声に、リリスは体の力を抜いて寄りかかった。


「ありがとう、ルシファー」


 雑談で時間を潰すうちに、城下町ダークプレイスに到着する。さすがに街中をフェンリルに乗って移動するのは憚られ、2人は腕を組んで歩き出した。夕暮れ時の街は人が多く、ヤンも大型犬サイズに調整して従う。


「この角を左だったか」


「右じゃなかった?」


「……真っ直ぐですぞ」


 ルシファーとリリスが適当な方角を指差すのを、後ろからヤンが訂正した。普段から転移で座標指定するため、方角に関してはいい加減な2人を誘導しながら、ヤンは耳を澄ませる。歩く先からは、歓喜の騒ぎも赤子の声もまだ聞こえなかった。


「ルシファー、あの塀じゃないかしら」


 野薔薇が外側まではみ出した塀を見つけ、リリスが声を上げる。見覚えがある塀は、母屋と離れを包んでいた。


「ここだな」


 行儀良くノックしてみたものの、誰も出てこない。忙しいのだろうと考え、塀の内側へ転移した。後ろからヤンも自力で塀を飛び越えて追いかける。


「母屋が騒がしいわ」


 勝手知ったる人の家、リリスはご機嫌でルシファーを引っ張る。その時、一瞬音が消える錯覚があり……元気な産声が放たれた。


 おぎゃぁああああああ! 


 この世に生を受けた証拠、赤子の泣き声に2人は顔を見合わせる。足早に駆けつけ、玄関をくぐると……そこは戦場のような有様だった。


 赤子はまだ寝室から出ておらず、声だけが聞こえる。大量のシーツやお湯を用意する近隣の奥さん達が忙しく働き、男達は壁際に追いやられていた。その列にさり気なく並ぶ魔王と魔王妃の前を、イザヤが興奮した面持ちで横切る。手招きする産婆に頭を下げ、彼は扉の向こうへ吸い込まれた。

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