1161. 思わぬ秘密に口止めを
研究所勤務のストラスは無事だった。イポスは嬉しそうにそう語り、リリスと一緒に休めたルシファーは上機嫌で頷いた。笑顔のリリスは、ルシファーに頼んでまた送り返してもらうつもりでいる。
「どうしても行くのか?」
「あと一泊するの。いいでしょ?」
お強請りに弱いルシファーは、リリスのために転移魔法陣を用意した。危険なので建物内に終点を設定する。大公女4人とイポスを連れ、リリスはその上で手を振った。
「行ってきます」
「気をつけるんだぞ、何かあれば呼べ」
最後の方は、イポスや大公女に言い聞かせる形になった。リリスは大きく頷いて消える。見物人が多い中庭は、積み重なった瓦礫の撤去作業中だった。さすがにルキフェルは回収され、ベールが慰めているらしい。日本人が敵ではないとよく言い聞かされ、理解したようで一安心だった。
追い回されたアベルは精神的なダメージを理由に、数日の休暇を取っている。申請書類にその場で許可を出したルシファーだったが、予想外の人物が歩いているのを見かけて瞬いた。
「アンナ嬢……いや、もう夫人だったか。休暇中だろう、ここで何をしてる?」
別に休暇中に職場に顔を出すのは自由だが、今の魔王城……特に中庭は危険である。瓦礫が大量に積まれていて、作業している巨人族やドラゴンは体が大きい。腹に胎児がいる女性が来るには、物騒だった。話しかけながら、安全のために結界を張った。
直後、崩れた瓦礫が結界に当たる。
「今は危ないから、すぐに帰ったほうが……それより夫のイザヤはどうした」
身重の妻を一人でこんな場所に出すなんて。眉を顰めながら近づいたルシファーへ、アンナが籠を手渡した。
「リリス様が欲しがっていた紅茶が手に入ったので……昨日の騒動は聞きました。大変でしたね」
「ああ、ありがとう。留守なので明日渡しておく。魔族にとっては数十年に一度の恒例行事だな」
以前は勇者が来たり、魔物の襲来もあったので、この程度の建物損壊は日常茶飯事だった。だが日本人は安全な世界から来たので、怖い思いもしただろう。
「アベルを気遣ってやってくれ」
「おもらしの件ですか? 夫が慰めてますわ」
夫という単語に頬を染める初々しい所作に、思わず聞き逃しそうになった言葉がある。引っかかったルシファーが首を傾げた。
「おもらし?」
「あら、その件ではないのですか?」
話が少し噛み合っていないようだ。そこでアンナの話を先に聞いたところ、アベルは恐怖で漏らしたらしい。魔法で乾かしたものの、泣きながらズボンを洗っていたところを見つかった。イザヤが詳しく話を聞き、その状況なら誰でも同じだと慰めたという。
気の毒なことをした。魔族が数十年程度の記憶を失っても支障がなかったのは、魔族同士に大きな勢力変化が起きづらい事情がある。だが日本人はわずか数年前に合流したばかりで、人族の外見をしていた。ルキフェルが勘違いして攻撃するのも理解できるし、いきなり襲われてびっくりしたアベルの事情も察して余りある。
「……彼の名誉のために、誰にも言わないでやってくれ。おそらく大公達も慌てていたので気づいていない」
オレのところで話を止めるぞ。ルシファーの気遣いに、アンナは頷いた。妊婦には危険な中庭で、ヤンを呼び寄せる。
「悪いが家まで送ってやってくれ」
遠慮するアンナを風を操ってヤンの背に乗せ、見送った。結界もあるので、流産や落下の心配はないはずだ。振り返ると、一部のドラゴンが瓦礫を投げ合って遊んでいた。いつもの光景だ。やはり妊婦は早々に帰して正解だったな。多少の魔力はあるが、身重のアンナが、この瓦礫投げを潜り抜けるのは難しいだろう。
そういえば、かなり腹も大きくなってきた。そろそろ祝いの品を考えたほうが良さそうだ。リリスと相談して決めよう。
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