1260. 分解して再構築された?

 巨大な蟻っぽい生物も、最終的に仮の字がついて保留となった。今後の検証を待って領地や名前が与えられる。アベルはすでに「ビックアント」とか勝手に名を呼んでいたが。


「魔の森は新種を作る基準を何に定めてるんだ?」


 魔物も魔族もいる。意思の疎通が必要な魔族なら、共通言語を作って全員に与えればいい。なのに通じたり通じなかったりするため、毎回手探りで種族認定を行ってきた。その辺の疑問を口にしながら、ルシファーはテラスでベーコンを突く。隣のリリスは目玉焼きをパンに乗せたところだった。


「よくわからないわ。私を作った時は、森で人族の赤子を回収したらしいの。それを分解して再構成したんだと思う」


 人族はよく魔の森に、子どもや赤子を捨てた。ルシファーが最初にリリスと出会った時も、場所が魔王城の城門前でなければ、誰も疑問に思わなかっただろう。頻度は高く、よく魔獣や魔物の餌になった。以前アスタロトが潜入して確認した情報では、口減らしという表現がなされた。食べていくのがやっとなのに、望まぬ子が生まれたため始末するのだ。


 自分達の手を汚すのは怖いし、嫌だ。だから確実に死ぬとわかっていて、森の中に捨てる。捨てた親はもしかしたら生きているかも、とくだらない感傷に浸りながら罪悪感を薄めるらしい。反吐が出ると吐き捨てたアスタロトが、次の日にその都を滅ぼしたのは数千年前の話だったか。


 魔の森に吸収された赤子もいたのかと目を細め、ベーコンを齧った。少し火の通りが良すぎて硬い。もぐもぐと咀嚼する隣で、リリスは思わぬ発言をした。


「そういえば……アベルってば先日、魔の森に食われちゃったのよ」


「は?」


 給仕していたアデーレが、珍しく食器を落とす。リリスお気に入りの薔薇のカップが転がった。


「し、失礼いたしました」


「ああ、気にするな。復元するから触らなくていいぞ」


 縁が少し欠けたが、元に戻す魔法陣を投げて対応する。綺麗に修復されたのを確認し、アデーレはそのカップを一度下げた。浄化で十分対応できるが、彼女は吸血種だ。危険なので、浄化は使わないのが礼儀だった。


 代わりに取り出したのは小花が散る愛らしいカップだ。そちらに青いお茶を淹れて差し出した。リリスの好きなマメ科のハーブティだ。目を輝かせる彼女のために、レモンが添えられる。絞ったら真っ青なお茶は紫になり、やがてピンクに変化するのだ。問題はピンクになるまでレモンを絞ると、味が酸っぱすぎる点だった。そこは蜂蜜で補う。


 リリスが幼い頃に開発した、レモン絞り限定の魔法陣を使い、ぽたぽたと時間をかけて絞る。その間に立ち直ったアデーレが口を開いた。


「リリス様、先ほど……アベルが森に食われたと仰いましたが」


「ええ。そう、食べちゃったのよ。分解したかは聞いてないわ」


「そうですか」


 もし分解されて組み立てられたとしても、現時点で変化はないので問題にならないが。知らない間に分解されて組み立てられた魔族がいるかも知れない。その辺は調査をしておくか。


「森に食われた人が出たときは、すぐに教えてくれ」


「なぜ? ちゃんと帰してくれるわ」


 危険性を認識しないリリスは、きょとんと首を傾げた。中で分解されても、元通りに組み立てて帰してくれるならいいじゃない。乱暴な理論で応じる。


「ルキフェルの手が空き次第、アベルの総点検だ」


「陛下、その言い方ですと機械や道具のようです」


「……検査?」


「そちらの方が相応しいかと」


 にっこり笑いながら言葉を正され、ルシファーは目を逸らした。アスタロトもそうだが、吸血種は賢い者が多いので怖い。鋭い指摘が飛んでくるのだ。


「ルシファー、蜂蜜を入れて」


「ああ。いつもの量でいいか?」


 きらきらした金色のスプーンで掬い、たっぷりと注いだ。ピンクのお茶の底で輝く琥珀はすぐに溶けて、リリスは満足そうに口をつけた。

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