1187. 魔王軍最高幹部会議

 アスタロトにより、ひとつのテントに集められたのは大公全員と大公女2人、魔王軍の指揮官クラスだった。大公女2人とサタナキアが魔王城に戻っているが、それを除けば最高幹部勢揃いだ。屋外テントに招集されたのは、有史以来初めてだが。


「最高幹部会議の招集とかいうから、城に戻るのかと思った」


 ルキフェルは記録用の魔法陣を設置しながら、首を傾げる。指揮官達はテントの縁に並んで勢揃いしていた。座るよう言われ、指揮官全員が正座する。一部体の構造的に無理な種族は伏せたり、お座りしたりと臨機応変に対応した。


「議題ですが、魔王城に王不在の緊急事態を発令するか否か、判断してもらいます」


 アスタロトの発議に、ざわっと指揮官達が声を出し、それから近くの同僚と顔を見合わせる。魔王不在の緊急事態、間違っていないが発令する意味がよく分からなかった。


「状況を整理しましょう。魔の森から魔力が溢れている状況が続くとどうなるか、ベルゼビュート」


 続きを説明するよう専門家に話を回した。ピンクの巻毛を指先で弄りながら、やたら大きな胸を強調するように腕を組んだベルゼビュートが唇を舐める。


「そうね。魔の森は成長に必要な魔力が足りなければ、近くの魔族から魔力を奪うわ。今まではこのパターンが多かったけれど、6万年ほど前に魔力が溢れたことがあるの。その時は余った魔力で急成長した木々が、手足を生やして動物を襲った」


 思い出すと恐ろしさも過ぎる。根っこを足代わりに移動し、蔦のような手を伸ばして動物を捕食した。魔力のない動物を取り込んで中和しようとしたのか。理由は当時も不明のままだった。魔王史にも記載がある事件だ。


「動物が死ねば魔物や魔族の食糧が不足し、肉食系の魔族から倒れていくわ。草食系の魔族も、多すぎる魔力で異常を来たし、魔力酔いや中毒症状が出たの」


 現在の魔の森は同じような現象が起きている。前回は魔王ルシファーが一時的に魔力を地脈に封じることで誤魔化したが、今回の魔力量はその比ではなかった。地脈に流せる限界量を超えている。試算結果を手にしたルキフェルの指摘に、指揮官達も緊急事態の意味を理解した。


 先日の魔獣の魔力不足による栄養失調より、大きな被害が広範囲に出るのだ。全く食べずに生きる種族がない以上、誰もが影響を受ける。魔族の血を得る吸血種も同様だった。空中の魔力を直接吸収する神獣も、溢れた魔力の影響を受ける可能性がある。他人事でいられる種族はなかった。


「緊急事態を発令する意味が、その……よく分からないのですが」


 ルーサルカが恐れ知らずに口を開いた。指揮官の大半が同じように思っても口に出せない質問を、さらりと義父アスタロトへ向ける少女へ、尊敬の眼差しが向けられる。ふさふさの尻尾を揺らすルーサルカへ、アスタロトが口元を緩めた。


「魔の森から溢れる魔力の受け皿は、魔王陛下です。その仲介にリリス姫が立ち会います。魔王城の主人と未来の女主人が長期不在となる状況が想定され、その間の権限委譲が必要ではありませんか」


「臨時指揮官が必要なのですね」


 納得したと頷くルーサルカに、アスタロトは満足そうに頷いた。無言を通していたベールが、大きく息を吐き出して方向性を示す。


「常に大公2名が陛下に随行します。その上で魔王城は大公1人、または大公女2人以上が滞在し、管理する。魔王軍は指揮官単位の権限を引き上げ、私の指揮がなくとも動けるようにしましょう」


 ベールの提案に、アスタロトが問題なさそうだと頷いた。記録を忙しく書き記したルキフェルが、空中に魔法陣をひとつ描く。


「この魔法陣を移動用に固定設置する。利用者は記録されるようにして、魔王城とこの場所を自由に行き来出来れば……仕事の移動や交代も便利でしょ?」


 それぞれが出来る役割を確認したところで、ベルゼビュートがにっこりと笑った。


「リリス姫の回復要員として、私はここに詰めるわね」


 書類から逃げたいだけでしょう。眉を寄せたアスタロトだが、リリスやルシファーの回復が可能なベルゼビュートの意見は理に適っており……諦めて許可した。

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