959. いい度胸じゃん
しばらく眺めた後、横倒しになった鉄の箱の上に舞い降りた。ぎしっと軋んだ音を立てた入れ物は、多くの人族と荷物を詰め込んでいる。
「持ち帰って調査しよう」
また新しい研究材料が増えた。何やら臭いので鼻をひくつかせ、眉を寄せる。これって地底を深く掘ったときに出る油の臭いだ。こんなもの積んでるの? 確か人族が明かりに使うんだっけ。
魔法がほとんど使えない人族ならではの知恵だ。問題はこの黒い油は発火しやすい。掴んで飛べる大きさだけど、持ち帰る間に森を汚してしまう。アルラウネのように移動できない植物系の種族にとって、大地を汚されたら被害が大きかった。爆発させないで運ぶ……ちらりと中を確認してから、溜め息をつく。
「ねえ、手の空いてる子は手伝ってよ」
声をかけると、魔熊や魔狼を始めとした肉食獣が集まった。大公ルキフェルの声掛りなら、人族をバラす作業は後回しだ。敬意を示して伏せる彼らに、鉄の塊を指差した。
「出入り口の扉を外すから、中の人族を全部出せる?」
くーんと鼻を鳴らして了承する魔狼に続き、魔熊も細い声で協力を申し出た。人族が自分たちで開けたから、上にある穴が出入り口だろう。変なの、上に出入り口つけたら使いにくいのに。
一度降りて振り返って気づいた。上に扉がついているのではなく、横倒しになって扉が上に向いたのだ。竜化した手と大地の魔法を使い、丸いゴムが付いた方を下に転がし直す。盛り上げた大地が押した側面がひしゃげる。ガラスが使われた窓はいくつも割れて、そこから人族が数人転げ落ちた。
頷くと、大喜びで魔狼が咥えて引きずる。魔熊も器用に爪を使い、割れた窓から獲物を引っ張り出した。狂鹿が角を使って、無事な窓を割っていく。駆けつけたハゲワシ系の魔獣やハルピュイアも爪を使って人族を外へ放り出した。中に入ったルキフェルは、ぐるりと見回して、壁や床に張り付いた人族を外へ押す。
すべて出し終えた時点で、中に散らばった荷物ごと収納へしまった。これで爆発させずに済むし、調査する研究材料を確保できた。ほくほく顔で魔獣達に礼を言う。彼らもこれから冬眠したり冬越しの食料を蓄えるため、丁寧に頭を下げて肉を運んだ。
「ルシファーがいたら、助けようとするかも」
城に置いてきて良かったと笑い、ルキフェルは地図を取り出した。思ったより多くの協力が得られたらしい。確認済みの地点が一気に増えた。後片付けを任せ、ふわりと空に舞う。美しい森の姿はかなり回復していた。
確認を終えた地点に損傷が大きい場合、余裕があれば魔力を注いで修復するのは上位魔族の義務だ。貴族も駆り出されたので、見渡す景色の中に突然大木が生える場所も見受けられた。
「うーん、これならあまり心配いらないかな」
大きな事故や戦がない時期だったため、魔王軍はほぼ全軍が動かせる。周辺警備をベルゼビュートに任せて動いた兵力は、人海戦術で森を修復した。ぐるりと見回し、大きな損傷を探す。こういうとき、リリスのように魔力が色で見えれば、損傷箇所が分かりやすいのに……。
リザードマンの沼地がある方角に、煙が上がっている。人族の死体を処理するにしても、彼らの埋葬方法は土葬だった。泥の中に重石をつけて沈める方式だ。そのため炎や煙を使うわけがない。臭いに敏感な種族なのだ。
嫌な予感がして、ルキフェルはそちらへ向かった。煙を避けて回り込んだ視界に、燃える木々が映った。沼地ではなく、沼地を囲む森の木々に火をつけた者がいるのだ。
「へぇ、いい度胸じゃん」
間違いなく人族の仕業だ。魔の森の木を燃やすなんて馬鹿な真似、魔族は絶対にしない。低い声で唸ったルキフェルは竜化し、青い鱗を閃かせて沼地に降りた。
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