928. 大公達の赤い競演

 魔術師と剣士で上手に分けた獲物を、それぞれに相手取って戦いが繰り広げられる。護衛のイポスは大公達から下がった位置で、守りに徹していた。ありえないことだが、万が一にも大公の間をすり抜ける敵がいたら対処する役割だ。


「魔法の使い方を指導してあげるよ。すごくない? 僕が直々に教えてあげるなんてさ。光栄だろ」


 くすくす笑いながら、多彩な魔法陣を操り敵を排除する。森の木々を操って逃げ場を奪い、蔓で手足を千切り、炎で焼き、水で冷やす。氷を突き立てた傷口に雷を落とすやり方は、ヤンが傷つけられた腹いせにも見えた。魔族が傷つけられることに関し、ルキフェルは人族に容赦しない。


 ヤンは鎖越しに傷口を焼かれたのだから、同じことをしてやろう。そう考える子どもの思考は残酷そのものだった。捕まえた蝶の羽を毟る行為と大差ない。それゆえに相手の痛みや憎しみを理解しなかった。


「ロキちゃん、焦げ臭い」


 リリスが鼻を摘まんで抗議する。魔の森の子であるリリスも、そういった意味で他者の痛みや感情に鈍い部分があった。可哀そうだからやめてと考えるより、自分が臭くて嫌な思いをしたからと口にする。こちらも精神的に子供だった。


 ルキフェルと気が合うのも頷ける。


 半分より少し多い剣士をルキフェルが大人しく譲ったのは、ベルゼビュート以外にアベルも参戦したためだ。彼の分を端数として譲った。アベルは器用に魔剣を操り、その能力を引き出す。戦いながら興味深そうにベルゼビュートが褒めた。


「大したものだわ。その魔剣、結構癖がありそうだけど」


「え? 使いやすいですよ。自分で迎撃して魔法も付加してくれますから」


 半自動と呼べばいいのか。大した魔法が使えないアベルにとって、魔剣の誘導は助けになっている。次々と繰り出す相手の攻撃に打ち合わせるのは出来ても、魔法が飛んで来たらお手上げだった。その部分を魔剣が補ってくれる。飛んできた炎を消滅させる氷の壁や、矢を燃やして落としてくれるのだ。


 必要な魔力は使い手のアベルから供給されるが、多少疲れるくらいで影響は少なかった。意外と省エネ仕様らしい。相棒と呼んで大切に磨くから剣も応えるし、剣が自分を守ってくれるからアベルも大切に扱う。互いに好循環の輪にある1人と1本は、相性がよかった。


「くそっ、裏切り者め! 死ね」


「うっさい! 侵略者のくせに!」


 相手の剣を真ん中から叩き折り、そのまま袈裟懸けに斬り下ろした。人の身体を裂く感触に顔を顰めた。返り血が飛んで半身を赤く染める。命を奪いに来た男を撃退し、生臭い血に濡れた頬を肩で乱暴に拭った。ひとつ深呼吸して、手が震えていることに気づく。


 様子がおかしいアベルに目を細め、ルシファーは鋭い声で命じた。


「アベル、戻れ。命令だ」


 護衛として任についた以上、魔王ルシファーの命令は絶対だ。頷いて背を向けるアベルに攻撃しようとした若者を、ベルゼビュートの細い剣が貫いた。腹に刺さった刃に目を見開く若者に片足をかけ、ぐいっと引き抜く。溢れた血が大地に染み込んだ。


「あら……失敗しちゃったわ」


 そう笑うが、ベルゼビュートの瞳は剣呑だった。背を向けた相手に攻撃する卑怯者を、彼女は嫌う。対峙するなら正面から堂々と狙えばいい。隙をつくのは自由だが、ならば横からあたくしが切りかかるのも自由よね……にっこり笑う口元が吐き捨てた。


 人族の卑怯な攻撃をうんざりするほど体験したからこそ、精霊女王は容赦しない。人族相手の戦いで手を抜いて誰かを失う失態を冒す気はなかった。助からない致命傷を負わせるが、即死させない。人族の魔法による治癒は限界が低い。助からないように加減しながら、次の獲物を切り裂いた。


 簡単に殺してやらない。ここに来るまで、どれだけ魔獣や魔物を傷つけたの? 森の木々や種族を痛めつけた? 森が告げる痛みと憎しみの声を受けながら、美女はピンクの巻き毛を指先で弄る。その口元に浮かんだ嗜虐の笑みは消えなかった。

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