128. 細々した準備に追われる
侍従のベリアルが忙しくメモを取り、注文書を発行した。金額に糸目をつけず仕立てられるドレスやジュエリー類は、すべてリリスの分のみだ。自分の服はすっかり忘れている魔王は、腕の中の幼女の頬にキスを降らせた。
「ルシファー様、次が待っています」
アスタロトの指摘に、慌てて緩んだ顔を引き締める。
「王族に相応しい品格のマントと杖でしたら、こちらなどいかがでしょう」
リリスに必要かと問われたら、正直まだ要らないと思う。振り回してあちこちぶつける未来が見えるし、杖やマントを今のサイズで仕立てても、来年にはサイズが小さくなってしまうのだ。それでも王族の席、魔王の膝の上に座る以上手ぶらと言うわけにもいかず……。
「マントの赤はもう少し暗く、杖はトネリコの枝を使え」
世界の中心と言われる大樹の枝を指示して、詳細にマント生地の打ち合わせをする。将来的に作り直すとしても、適当なものをリリスに与える気はなかった。細かくデザインにも口出しして、ようやく満足した。
「ルシファー様、多少予算と時間がオーバーしております」
恭しく告げるアスタロトの目が笑っていない。予定されていた予算も、決められた時間もオーバーしたということは、彼の機嫌もその分だけ下降したはずだ。
「足りない予算はオレの金を使えばいいだろ。宝石も出すし」
ベリアルが差し出した支払いの書類へ、ルシファーは確認せずサインした。にっこり笑ったアスタロトが「そうですか?
そう……側近の恐怖の笑みにつられてサインした書類の金額は、予想外の高額であり……引き出された金額に気付いたルシファーが悲鳴をあげるのは、わずか数日後の出来事だった。
リリスに関する予算をすべてルシファーの資産から引き出した側近は、その
祝いの品として届けられた物をチェックし、会場の装飾や飲食物の手配を行う。簡単そうだが、意外と面倒な仕事だった。即位記念祭は10年ごとに行われるため、前回の仕様を確認して装飾の手配をしなくてはならない。種族によって好む飲食物が違うので、ありとあらゆる種類が取り揃えられた。
各種族から届けられる祝いの品も、すべて確認しなくてはならない。後日礼状を発送する都合上、分類して誰から貰ったか記録をつけながら、アスタロトは淡々と自らの仕事を片付けていった。
その頃のベールは警備手配を一手に引き受け、人族や魔物の襲撃も想定して結界の準備を行う。毎回騒動が起きるため、騒動が起きることを予防するより対策を考える方が一般的だった。
過去の記録を探して、式典の詳細を各部署に通達するルキフェルも、休み返上で働いていた。忙しく動き回る侍従達に指示を出しながら、記憶を頼りに過去の式典の作法や手順を書き出すのだ。
会計担当のベルゼビュートは予算のやりくりの合間に、小さな紙に何かを書き込んでいた。様々な予想と金額を記した数枚の紙をハイエルフの側近へ手渡す。続いて豊満な胸元に隠していた金貨の袋も取り出した。
「これらをバアルに渡して。きちんと引き換えの半券を受け取るのよ」
今回の賭け予想は『即位記念祭で襲撃事件は何回起きるか?』『魔王陛下が襲撃犯を撃退するとしたら、その所要時間は?』の2本立てだった。金貨10枚という大枚をはたいたベルゼビュートの賭けは、今回も危険な橋を渡るギリギリの設定だ。彼女の金貨が増えるかどうかは、神のみぞ知る。
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