1341. おそらく、たぶん、きっと……絶対?

 リリスを飾り立てることに夢中のルシファーだが、彼の支度も当然必要とされる。その辺は儀礼にうるさいベールに任せた。アスタロトがいれば率先して用意してくれるが、現在は療養中である。


 伝え聞いた話では、石棺はロープでぐるぐる巻きにされた上、魔力封じの魔法陣のある床に安置されたという。中の人が生きている状態で「安置」と表現することが適切かどうか、は議論の分かれるところだ。


 体調不良を押してルシファーの面倒を見に出向き、そのたびにまた療養する夫に切れたアデーレにより、魔力ごと封じられた吸血鬼王はしばらく目覚めないだろう。居城の後方にあるアスタロトの吸血鬼城に向かって、しんみりと両手を合わせた魔王だった。


 その姿をうっかり見てしまったアベルが「冥福を祈るって感じだった」とルーサルカに零し、「お義父様はまだ生きてるわ!」と返した。後ろを通り抜けたアデーレが「まだではなく、殺しても死にませんよ」と呟いたことで、その場の全員が青ざめる事態になったのはご愛敬だ。


「ドレス、首飾り、耳飾り、靴、上掛けにマント、杖、ティアラ……」


 リストアップされた品物で、手配が終わったものにチェックを入れていく。ヴェールは現在、大公女達が鋭意製作中である。レース編みの得意不得意があるが、意外にもレライエの作った部分が綺麗で賞賛されていた。後ろで得意げに胸を反らした翡翠竜の姿に、誰が編んだのかバレてしまったが。


 指摘しないのが他の3人のいいところだろう。気づいた他の者も口を噤んでいる。出来栄えは素晴らしいし、今から解いてやり直したら間に合うか分からない。アムドゥスキアスの祝いの気持ちと思って、そのまま受け入れられた。


「陛下、指輪がありませんわ」


 ルーシアの指摘に顔を上げ、首を傾げる。指輪? あの指に金属の輪を通して周囲や上部に宝石を飾る、あの宝飾品か。魔族はあまり指輪を身に着けない。人族の王侯貴族は好んだようだが、動きづらい上にぶつける確率も高い。何より種族が幅広いので、指輪は普及しなかった。


 人族のように外見が統一されていれば別だが、魔族は外見の特徴が違い過ぎた。魔獣は首飾りや耳のピアス以外に飾りは着けない。狩りの邪魔になるので、音が出る飾り物を嫌う傾向がある。神獣や霊獣も金物を嫌う傾向が強く、祝い事では花冠を多用してきた。


 肌に鱗があるリザードマンらは飾り物に木の実を使い、金属は錆びるため選ばない。吸血種も首や指に金属の飾りを直接触れさせることはなく、手袋や襟の飾り越しに着ける程度だった。したがって指輪を着けられる種族は限られる。


 ルシファー自身も指輪は普段身に着けなかった。その分、服のボタンや留め金は豪華な飾りに仕立てているので、特に問題はない。突然のルーシアの「指輪」発言にきょとんとしたのも当然だった。


「指輪が必要なのか?」


「トリィ先生の新作はお読みになりましたか? あの中に指輪の交換シーンがありまして、リリス様が望まれると思いますの」


「そうね、交換を望むでしょうね」


「憧れると言ってたから、指輪を欲しがる」


 シトリー、レライエと徐々に強調された。おそらくがたぶんに変わり、きっとで締めくくられる。これは必要なアイテムなのだろう。小説の内容は今夜にでも把握するとして、彼女らの忠告は重要だ。急いで準備しないと間に合わない。


「スプリガンか。忙しいが依頼できるか? いや、いっそ自分で作る手もあるが」


 唸るルシファーに思わぬ声がかかった。


「陛下自ら作られるのですか? それはリリス様もお喜びになりますわ!」


 ルーサルカの言葉で決意した。よし、指輪を作ろう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る