517. 幻獣王の亀捕縛

 甲羅に突き刺さった己の剣を回収し、手にした聖剣を確認する。勢いよく斬りつけたが、まったく刃毀はこぼれなしの業物わざものだった。表面がきらきらと光る剣はよく見ると、右側と左側で刃の付き方が異なる。片方は鋭く、もう片方はやや刃を引いた感じだった。


「叩き切る方と、撫で斬る方の違いかしら?」


「なで斬りと聞くと物騒だな」


 多くの人を片っ端から切り捨てる時に使う用語と同じだと指摘され、ベルゼビュートが苦笑いする。まったく同じ響きだが、彼女が使った意図としては「撫でるように優しく薄く切る行為」なのだ。しかし誤解を招きかねない単語なので、人前で使わない方が賢いだろう。


「気に入りましたわ。素直な良い剣です」


 くるりと手の中で回して柄を差し出され、ルシファーは「今回の褒美だ。お前にやろう」と受け取らずに返した。何かしらの手柄を立てた者には褒美を――魔族の決まりに従った魔王の言葉に、近くにいたルキフェルやベールも異論はない。


 人族にしてみたら勇者の聖なる剣かも知れないが、ルシファーから見るとただの剣の1本に過ぎない。特に思い入れもないため、剣技に優れた者が求めるなら使ってもらおうと考えた。


「よろしいのですか? ありがとうございます」


 素直に受け取ったベルゼビュートが「今日からあなたは、グラシャラボラスよ」と剣に名付けて、接吻ける。そのまま収納空間へ収めた。彼女のネーミングセンスは置いとくとしても、毎回剣に名をつける者も珍しい。過去の数十本の剣すべて、個々に名があるとしたら……呼び出すときに間違えないのだろうか。


 奇妙な心配をしてしまうルシファーの腕の中で、リリスが純白の髪をぐいっと引っ張った。


「パパ、亀! 動く! 動くよ!!」


 役目を果たそうとする彼女の指さす方を向くと、確かに巨大亀は生きていた。動こうと手足を動かしてじたばたしている。甲羅を割って引き剥がしただけで、中身はほぼ無事だったらしい。


 鳳凰の炎が弱まったので、なんとか逃げ出そうとしているのか。


「大した生命力だ。それにしても、リリスはちゃんと監視してくれて助かった。偉いリリスにもご褒美を用意しなくてはいけない」


 大げさに褒めながら、リリスの黒髪を撫でて額にキスをする。嬉しそうに笑うリリスが両手を上にあげたので、そっと指先を掴んでおろさせた。


「どーんは禁止だ」


「うん」


 やっぱり雷を落とす気だったようだ。気づいてよかったと安堵の息をつくルシファーの前で、ルキフェルが魔法陣を呼び出した。亀の下に展開して、考えながら指先で魔法文字を修正していく。捕縛用の魔法陣を再確認して、後ろのベールに場所を譲った。大地の魔法は幻獣王の得意技だ。


「ベール!」


「任せてください」


 ベールの銀髪の間に角が顔を覗かせる。ひとつ深呼吸をしてから、膝をついて魔法陣へ魔力を注いだ。地面の魔法陣から太い根に似たつるが伸び、亀を地面に縛り付ける。一度巻き付いた蔓は枝を増やすように複数に分かれ、さらにぎっちりと亀を拘束した。


 網目に似た覆いが出来上がったところで、亀が足掻きだす。なんとか逃げようと蔓を切ろうとするが、蔓が収縮して地面に引き倒した。どんと激しい音がして、亀の両手足が平らに伸びる。割れた甲羅の隙間にも入り込んだ蔓は、容赦なく亀の動きを奪った。


 大量の魔力を注ぐベールの足元から風が沸き起こり、長い銀髪が風に踊る。巻き込まれる形でルシファーも髪が風に舞い上がった。


「パパ! 亀についちゃう!!」


 リリスの位置からはルシファーの髪が亀に吸い込まれるように見えたらしく、慌てふためいて両手で抱き着いて髪を掴んだ。必死の彼女は前を見ておらず、ルシファーの顎に頭がぶつかった。互いに痛さを堪えて声を飲み込み、先に立ち直ったルシファーがリリスの頭を撫でる。


「痛かったか。すぐに治してやるぞ」


 さりげなく撫でる右手のひらに魔法陣を浮かべて、リリスを癒す。自分を後回しにしたルシファーの髪を掴んだリリスは、両手が塞がっていた。いつも通り「痛いの飛んでけ」をしたいのだが、髪を掴んだ両手に困惑し、伸びあがってルシファーの顎にキスする。


 ちゅっと音がした直後、ルシファーが硬直した。


「痛いの、飛んでけなの!!」


「あ、ありがとう」


 かろうじて礼を言ったルシファーだが、突然の唇付近へのリリスのキスに頬を染めた。可愛いと呟きながらリリスを抱き締める。その後ろ姿を見ながら、ベルゼビュートがぼやいた。


「こんな姿、民には見せられないわね~」


「本当です」


 呆れ顔のベールが追従し、ルシファーは聞こえないふりでやり過ごした。

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