824. 晴れた日は木陰が欲しい

 大量のイカを焼いていくが、獣人の一部が顔をしかめて距離を置く。魔王城の焼肉イベントはいつも魔王や大公が率先して焼く係に回るのだが、今回は伯爵より上位の貴族が率先して焼き始めた。彼らも楽しむよう伝えたが「交代で焼きますからご心配なく」と手伝いを断られる。


「どうやら彼らの感謝の気持ちのようです。今回の騒動ではルシファー様が最前線で働きましたから……そのお礼でしょう」


 あちこちで聞き込んだ情報を元に説明するアスタロトも、焼く係のトングを取られて帰ってきた。中庭は大きな木があるが、城門前の広場に日陰はない。各々が持ち込んだテントを張る中、ルシファーは奇妙な木陰で休んでいた。


 ご機嫌で鼻歌を歌うリリス作の「薔薇の香りがする木陰」である。エルフが届けてくれた薔薇の苗に「お願い、休む場所を作りたいの」とのたまい、大量の魔力を注いだのだ。急激に育った薔薇が地面に根を張り、頭上に葉を広げる屋根のような枝を張り出した。


 薔薇を持ってきたエルフはもちろん、ハイエルフの一団も怪訝そうに薔薇の様子を調査している。ドライアドのミュルミュール先生が、久しぶりに顔を見せた。薔薇を確かめるとリリスを褒める。無理なく成長させたようで、薔薇も苦痛がないようだ。さすがは魔の森の娘だった。


「先生は今も保育園でお仕事してますの?」


「ええ。たまには遊びにいらっしゃい」


「わかったわ」


 にこにこと手を振って別れたリリスは、空を見上げて木漏れ日に目を細める。以前の赤い瞳より色が薄い金瞳が、続けてルシファーへ向けられた。


「ルシファー、薔薇がお花を咲かせてくれるわ。ほら」


 薔薇がぽっと赤い蕾を膨らませ、ふわりとほころぶように花弁を開いた。わずかな香りに誘われて、鼻の利く種族が集まってくる。ソファ役のヤンがいる場所を「魔王様&魔王妃様スペース」と呼んで避けるが、木漏れ日の恩恵にあずかる者がちらほらと現れた。


 貴族達も各々テントを民に開放する。少し考えて、ルシファーがリリスに尋ねた。


「この薔薇を育てるのは、オレでも出来るか?」


「私はお願いしたの、ルシファーもお願いしたら出来ると思う」


 曖昧な感覚で行使した魔法だったようで、リリスはぼんやりした表現をした。唸るルシファーの元へ、他の貴族に役割を取られたベールやルキフェルが戻ってくる。肉目当てにかまどの前に陣取ったベルゼビュートは、まだこちらに顔を出しそうになかった。


「この城門前を覆うくらいの木陰を作ろうと考えたんだが」


「手伝うわよ」


 魔王と魔王妃の相談を聞いたエルフの一部が、薔薇園の方へ走り出した。必要になる薔薇を確保するつもりだろう。イカや肉の焼ける香ばしい匂いが漂うなか、赤い薔薇は甘い芳香を放ちながら葉を揺らした。涼し気な音に民が引き寄せられる。


「お待たせしました、陛下」


 両手に薔薇を抱えたベルゼビュートが現れた。薔薇園の管理人をする彼女は、大量の薔薇の採取に気づいて駆け付けたらしい。木陰が必要な事情を察した大公達に、薔薇を急成長させる方法をリリスが身振り手振りで伝えたのは……。


「大きくなって! たくさん咲いて! そうお願いしたの」


 魔法の手順としては漠然とした話だった。感性で動くベルゼビュートが最初に挑戦する。手にした白薔薇の茎に魔力を流して成長を促進した。しかし何か違うのか、普通に蕾が開いて花が揺れるだけ。


「ベルゼ姉さん、違うわ」


「いっそリリスが試してよ。僕が魔法陣化するから」


 魔法を取り込んで形式化するなら、ルキフェルが専門だ。言われて気づいた、とアスタロトやベールが苦笑いした。大公4人と魔王、魔王妃が揃った一角に魔法陣が広がる。リリスが使う魔法を調べるための陣が青白く光った。


「行くわ」


 リリスはピンクの薔薇を1本手にし、先ほどと同じように育て始める。ぶわっと広がる若草の芽の先端が赤く色づく。そのまま広がって赤い薔薇と絡み合って大地に根を下ろした。巨大な薔薇の木同士がくっついたことで、日陰が一気に面積を増やす。


「大体わかった。2つの魔法陣を同時展開すればいけそう」


 ルキフェルがぶつぶつ言いながら、空中に魔法陣を描いた。完成した魔法陣を2つ並べ、両方を重ねたりして確認すると、取り出した紙に転写する。


「はい。試してみて」


 軽く言われ、咲かせただけの白薔薇を手に少し離れた位置にベルゼビュートが移動した。薔薇同士が絡み合ってしまわない距離で、魔法陣経由で薔薇を巨大化させる。ぶわっと広がった魔法陣同士が噛みあい、双方の効力を高めるように展開した。


「うん。爆発が心配だったけど大丈夫みたい」


 言外に「ベルゼビュートで実験した」と暴露したルキフェルのお墨付きを経て、アスタロトやベールも薔薇の屋根づくりに散った。最終的に15本ほど育てたところで、前庭の6割ほどをカバーする木陰ができる。


「お疲れさん」


 魔力制御に慣れた大公達をもってしても、消費量が激しかったらしい。珍しく「疲れた」とぼやく大公4人の活躍で、立派な宴会場が出来上がった。

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