1229. オスでメスなのよ
ルシファーに買ってもらった簪を挿したリリスは、本日の主食予定の卵を抱いて屋敷の中を移動していた。料理人を派遣してもらうので、前もって渡しておくつもりだ。ルシファーと一緒に厨房に顔を出し、温泉卵を渡した。殻を上手にカットして、そのまま提供するらしい。
ベルゼビュートに与えた客間を覗くと、見知らぬ男性がいた。丁寧に頭を下げて挨拶する彼に見覚えはない。魔王城に出入りする貴族階級なら、ルシファーも覚えている。
「ベルゼビュートの知り合いか?」
「求愛して、先日答えをいただけておりませんので……良いお返事がいただければ幸いなのですが」
目を伏せる彼はまだ若い。外見も清潔感があり、身嗜みもきちんとしていた。問題なくベルゼビュートは頷くと思うが、一度返事を保留したというのが不思議だった。
「ベルゼ姉さんの好みよね」
「この顔なら間違いない」
面食いの気があるベルゼビュートだが、高望みするタイプではない。前に惚れたと言った相手は、並の上くらいだった。つまり極度の面食いではないが、ある程度選り好みする。目の前の青年は爽やかな好青年で、彼女が答えなかった理由がわからない。
飲んで風呂に入ったせいか、彼女はまだ熟睡していた。結界は張っているが、これだけ無防備なのも珍しい。大きな胸がシーツの陰で上下し、リリスが自分の胸元に手を当てて唇を尖らせた。
「リリス、何度も言うが……」
「言わなくても分かってるから、何も言わないで!」
途中で遮られてしまった。自分でも醜い嫉妬だと思ってるらしい。追い詰める気はないので肩を竦め、青年の観察に戻る。愛おしそうにベルゼビュートを見つめる眼差しは柔らかい。顔立ちのタイプとしては、大人しそうな印象を与える。イザヤから険しさを除いたら近いかも知れないな。
「これから食事の予定だが、一緒にどうだ?」
もう少し観察して、それから判断したい。大切な部下を預ける夫になるかも知れないのだ。そう告げたルシファーへ、青年は目を見開いた。それから微笑んで頷いた。
「彼女が私を拒まなければ、ぜひ」
穏やかな口調と丁寧な言葉遣い。ベルゼビュートへ向ける優しい眼差しで、かなりポイントは高かった。これだけ望まれているなら、きっと上手くいくだろう。
「では後で」
客間を出て、通りがかった侍従に食事を一人分増やすよう頼んだ。一度部屋に戻り、内風呂に入ることにしたルシファーはリリスのための薔薇を取り出す。露天風呂ではしないが、内風呂なら薔薇を浮かべても問題ないだろう。
白い薔薇を浮かべてから、さっと体を洗って湯船に浸かる。膝の上に座ったリリスが、こてりと首を傾げた。濡れた黒髪が湯の中に広がる。
「ねえ、ルシファー。どうしてベルゼ姉さんは彼女じゃダメなのかしら」
彼女? ああ、魔獣のメスか。そういえば先日求愛されたと言っていたな。思い浮かべながら、リリスの疑問が理解できない。ベルゼビュートは夫が欲しいのだから、同性は範囲外なのではないか?
「メスだったからだろう?」
「でも今は近くにいても拒絶しないじゃない」
「ん? 寝てるからな。じゃなくて、さっきのは青年で男性だぞ」
女性同士、男性同士の恋愛も別に珍しくないし、差別の対象にならない。だがベルゼビュートは男性がいいと主張しているのだから、女性やメスは対象外と考えるべきだった。
「何言ってるの? あれ、魔獣のメスで、人化するとオスなのよ」
「は?」
「だから今はオスだけど、魔獣になるとメスなの!」
丁寧に説明したつもりのリリスを見つめながら、混乱が深まったルシファーは眉を寄せる。性別が入れ替わる種族なんていたか?
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