1093. 問題点がない問題
街を散策するだけでも、護衛は気を張っている。ひとつ深呼吸して、イポスは気持ちを切り替えた。運ばれてきた料理はすべて大皿だ。特にリリスが注文した量は多かった。それをイポスの前に差し出し、一緒に食べ始める。あれが好き、これは美味しいと盛り上がる女性達を見ながら、魔王と側近は目を瞬いた。
「……あの方はときどき、あなたを凌ぐ君主の器を見せますね」
「ときどきは余計だ」
アスタロトの指摘に、ルシファーは眉を寄せる。幼さを前面に出しているかと思えば、やけに大人びた考えで気遣いを見せる。リリスは人格が複数あるのかと思うほど、変化が激しかった。いつまでも幼さが残る長寿種族と、大人びた態度を崩さない短命種族の両方を兼ね備えたような不安定さがある。
ベルゼビュートは注文したサラダを食べながら、ぽんと手を叩いた。
「ああ、幼い頃の陛下に似てるのよ」
その言葉に、アスタロトが納得した。
「なるほど」
言われてみれば、幼いルシファーは可愛げのない子供だった。無表情で淡々と敵を排除し、誰かを頼ることを知らない。孤独そのものを理解していないから、自分がどんな状態か分からないのだ。放って置けなくなって拾ったのはベール。冷えた手足で震えるくせに頼らない姿に絆されたのがベルゼビュートだった。
アスタロトは最後まで反発したが、受け入れると今度は過剰なまでに世話を焼いた。結果、今のルシファーが出来上がった。強大な力の器となり、立派に魔族を率いる存在となった魔王は、今やトラブル発生源と揶揄されている。
リリスも同じような現象が起きているのだろう。慈悲深く振る舞う魔王や側近の姿を真似る一方で、無知ゆえの言動が幼く映る。元からの無邪気さがちぐはぐさを演出してしまうのだ。
「さて、今回の販売品をもう一度見せていただけますか」
アスタロトが話を元に戻す。方向修正されたことで、ルシファーも簪に似た装飾品と向き合った。危険なので触れないよう、透明の結界で包んでいる。透明の袋に入れた形だ。サンプルとして魔王城に数本転送した。ルキフェルの研究所へ直送したので、ストラス達研究員が調べるだろう。
「こうして見る限りは、やはり簪のようだ」
ルシファーが手を翳しても反応しない。直接触れたことが原因だろうか。
「結界を張って、直接」
「いけません」
アスタロトに被せ気味に断られた。自分に結界を張って、直接手に取ろうと考えたルシファーの意見は通らない。ベルゼビュートも似たレベルのことを考えたらしく、開きかけた口に果物を押し込んでさり気なく誤魔化した。
「元は魔王城で販売している魔法陣を見て、思いついたみたいです」
店主は申し訳なさそうに切り出した。それによると、魔法に夢中な息子が作ったのだという。魔王城の城門前で販売される魔法陣と似た形で、新商品を作った。魔法そのものを杖に封じて、発動用の魔石をつける。これで魔法が使えない種族でも便利になると言い出した。
実際試してみると、魔力量が少ない犬獣人の店主が火をつけたり風を吹かせたり出来た。これは売れると思い、見た目を綺麗に装飾して販売したのが始まりだ。今まで、大きなトラブルは起きていないし、常連で購入していく者もいるらしい。
「別に問題なさそうですよ」
組み込まれた魔法のレベルは初歩的なもので、複雑な加工はされていない。魔石も小さいため、大きな爆発を起こす可能性は低いようだ。ならば今回の事例は何だったのか。
「リリスは魔力を封じているのに、爆発した。なぜだ?」
リリスの魔力を封じたのはルシファー自身だから、当然魔力はほぼ完璧に遮断できている。体内に大量に保有していても、出口がなければ発動する心配はなかった。技術的な意味でルシファーの封印は完璧だ。ここは疑わないアスタロトも眉を顰めた。
「ところで、お子さんも獣人なの?」
突然、ベルゼビュートが口を挟む。食べ終えたサラダの皿を横に避けて、追加注文した果物を摘みながら首を傾げた。
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