1231. 婚約祝いは巨大な温泉卵

 先に食べていてくれたら、すぐに行く。そんな伝言を預かった侍女に頷き、食事を運んでくれるよう頼んだ。並んだのは、温泉街でよく食べられている一般的な物ばかりだ。その中央に、ダチョウの温泉卵がセットされた。


 旅館でもリクエストがあれば用意するダチョウの卵は、上部をギザギザにカットしてあった。なんでもお玉を引っ掛けるのにちょうどいいとか。星の形を模したカットに、リリスは手を叩いて喜んだ。ハート形に焼いたダチョウの目玉焼きも素敵と言われて、過去に食べた後味の悪い巨大目玉焼きを思い出す。


 ドラゴンの卵を献上されたっけ。あれは襲撃の詫びだったか。リリスはもう覚えていないだろう。そう思ったのに、ぽんと手を叩いたリリスが微笑む。


「ドラゴンとどっちが美味しいかしら」


 あの時、残そうとして叱られたことまで思い出した。あの残りはアスタロトが持ち帰り、魔王城の侍従や侍女を含め、全員で美味しく頂いたらしい。過去に報告だけ受け取ったルシファーは遠い目になる。


 ダチョウの場合は、後味が悪くないだけいいか。あの時のドラゴンの卵については、無精卵だったことを祈っているが……何度聞いてもアスタロトが教えてくれないのが怖い。まさか、あのまま抱いてたら孵る有精卵を食べさせられてない、よな?


「どうしたの? 大きい卵、嫌い?」


「いや、好き嫌いはないぞ。そう……ダチョウは無精卵だから問題ない」


 数十個に1個くらいの有精卵が産まれるが、ダチョウには区別がつくそうだ。そのため魔獣である彼らが出荷する卵は安全だった。巨大な温泉卵を主軸に、地中に棲むモグラもどきの天麩羅、巨大昆虫の溶岩焼き、溶岩を泳ぐ古代魚の刺身と珍しい料理が並ぶ。


 魔王城では滅多に見ない料理だが、温泉街では一般的なもてなし料理だった。卵の白身を掬って、手前の鉄板に流し入れる。巨大昆虫の溶岩焼きを白身蒸しにするのだ。先代デカラビア子爵に教わった食べ方を披露すると、リリスは大喜びだった。昆虫は芋虫タイプと羽のついた蜻蛉系だ。羽は硬いため装飾扱いで、残して構わない。いわゆるエビの頭と同じだった。


 この蜻蛉は茹でると鮮やかな青に変わるが、焼くと赤くなり、陸海老と呼ばれる。お箸に四苦八苦しながら、リリスが器用に殻を剥いた。焼いた白身を乗せて食べると嬉しそうに頬を緩める。


「美味しいか?」


「ええ! すっごく!!」


「なら、デカラビア子爵と侍女達にお礼を用意しよう」


 リリスが喜んでくれるなら、奮発する魔王の言葉に、ベルゼビュートの声が重なった。


「お待たせしましたわ、陛下」


「遅れてしまい、申し訳ございません。魔王陛下」


 青年姿の魔獣に手を取られ、ベルゼビュートが現れる。やたらと胸を強調した勝負ドレスだが、胸元に大きな水晶が輝いていた。ピンクの巻毛もいつにも増して巻きが強い。そうとう気合をいれて着飾ったようだ。


「ベルゼビュート、彼の紹介をしてもらえるか?」


「失礼しました。婚約したエリゴスですの。彼の熱烈なプロポーズを受けました。陛下達より早く結婚式をしてもよろしいかしら」


「ああ、もちろんだ。こっちの準備はアスタロトが煩いから短縮できない。先に結婚式を挙げた方がいいだろう。エリゴス、ベルゼは繊細な部分がある女性だ。大切に幸せにしてやってくれ。もう少し話をしたいが、同席で構わないか?」


 婚約を了承して微笑んで促せば、仲良さそうに顔を見合わせた2人が席についた。用意された食器と料理を見れば、同席は事前に決まっていたと分かる。それでも魔族の最高権力者である魔王との同席は、一応許可が必要だった。ルシファーは面倒なのでよく省略するが、アスタロトやベールはその辺のルールは厳守する。


「姉さん、おめでとう。幸せになってね」


 リリスの祝福に、頬を染めたベルゼビュートは初々しく見えて……ルシファーは微笑ましく見守った。

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