1203. 勉強の思わぬ弊害

 雄しべと雌しべの話で終わらない、生々しい教育のお陰で、全員が寝不足だった。興奮して眠れなかったアベルは昼間に惰眠を貪り、膝枕をするルーサルカも転寝を始める。東屋のある庭の奥は、以前にアスタロトがアベルに昔話をした場所だった。人が来ないので、のんびりできる。


 刺激が強すぎて眠れなくなった女性陣は目の下に隈を作り、一時中断を余儀なくされていた。各婚約者は自分達の種族だけ履修すれば解放されるが、大公女と魔王妃はそうもいかない。いつ何時、どの種族に協力を求められてもいいように、対応出来るスキルを身につけようとしていた。教養のひとつである。


 魔王ルシファーや大公4人は、過去の長い人生で経験豊富だった。他者の出産に立ち会うこと星の数、ベテランの域だ。飛龍の卵がぽんと発射されたのを受け止め、手首を脱臼した。ユニコーンの子を引っ張って蹴られ、災害時に治療を頼んだ虹蛇の卵を代わりに温めたこともある。今となっては懐かしい記憶だった。


 経験しながら覚えたルシファー達と、机上の講義で覚えたリリス達。どちらが大変かは一概に言えないが、魔王城の留守を預かる彼女らに必要な知識なのは間違いなかった。出産は魔族にとってお祭りで、お祝い事だ。どんな状況であれ、歓迎される。未来をつなぐ赤子を守る方法を知ることは、魔族の未来を繋ぐこととイコールだった。


 きちんと認識させられた5人の少女達は素直に学んでいる。この期間中、城の外へ出る用事がないこともあり、イポスに長期休暇を与えた。まとまった休みを取ることが難しい仕事なので、婚約者にも長期休暇を取らせて放り出す。海の方へ旅行すると言っていたが……。


 うとうと眠るリリスに膝を貸し、ルシファーは芝の上で空を見上げた。この教育期間が終わったら、一緒に海を見に行こう。人族の都の跡地が観光地化されて、最近では魔族の出店も増えたという。いい気分転換になるはずだ


「陛下……リリス姫はお休みですか」


 ベールは音を立てずに近づくと、書類を1枚示した。芝の上に座ったまま手を伸ばして受け取り、内容を確認して署名する。魔王軍が管理する地域が広がったため、軍の人員を新たに募集する話だった。以前に議決を経ているため、人数を決めて承認すればいい。


「その人数で足りるか?」


 もう少し増やしたらどうかと提案すると、ベールが静かに膝を突いた。小声で返された答えは、ひどく現実的だ。


「訓練に割く人数から逆算した数字です。これ以上増やすと日常の業務に支障が出ますので」


 軍に必要な数には足りないが、一度に訓練できる人数が限られる。納得して頷いた。ピヨやアラエルが城門に住み着いて以降、鳳凰族との接触が増えた。魔王軍に志願する若者が出てきたらしく、それが周囲の神獣や幻獣にも影響を及ぼしている。希望者リストを見ると、ドラゴンが減り他種族の割合が上がった。


「神龍はいないのか」


「最近は子が産まれておりませんから、若者を外に出したくないようです」


 新たな子が産まれなくなれば、種の滅亡が近づく。若者に産めよ増やせよと煽ったところで、反発されるだけだろう。何かトラブルが起きるかもしれないので、神龍に関して要注意種族に指定した。さらりと書類を作ったルシファーが差し出す。受け取ったベールが城の方を振り返った。


「ルキフェルが呼んでいますので、失礼します」


 紺色のローブを捌いて音もなく立ち去る。アスタロトもそうだが、大公クラスは音や気配を消すのが上手だった。城門のすぐ脇で寛ぐルシファーとリリスの近くを、馬車が荷を積んで通り過ぎる。


 のどかな午後の風景に、ルシファーは欠伸を噛み殺した。起きていないと夜に眠り損ねてしまう。頑張ったものの、のそりと近づいた巨大フェンリルの毛皮に包まれると……堪えきれずに陥落した。寄りかかって眠ってしまった魔王、膝枕で熟睡する魔王妃。通り過ぎる魔族達は「しー」と音を立てないよう気遣いながら、微笑ましく見守った。

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