1329. ヤンの遺言? まだ早いだろ

「ヤン、そんなに大きな獲物は無理だと思うぞ」


 ルシファーがのんびり声を掛けると、違います! と必死のヤンが反論する。


「襲われたんじゃない?」


「レラジェは……無事か」


 近くで砂遊びをしていたレラジェは、砂塗れの手でヤンを指差す。


「食べられちゃう」


「あれは……巨大タコに見えるが」


 ルシファーが眉を寄せる。もしタコなら、持ち帰る方がいいのか? だが大きいと大味にならないだろうか。ひとまずヤンを引き剥がすのが先決だった。ずるずると海へ引き摺り込まれるヤンの悲痛な叫びが響き渡る。


「我が君ぃ! 息子達に……なにとぞ、お慈悲をぉ!!」


「死ぬつもりなのおかしいよね」


 ルキフェルがばさりと羽を広げて舞い上がり、上空から全体像を把握する。その間にレラジェに伸びる足を切り落としたルシファーが、幼子を拾い上げた。リリスで慣れているため、抱き上げ方も様になる。


「雷、かな」


「後で食べるかも知れないから、焼かずに刻んでくれ」


 倒し方を悩むルキフェルは、魔王のオーダーに頷いた。細かくカットすれば収納にしまいやすい上、取り出す際も楽だ。雷を通して硬直し、固くなると食べられなくなる可能性があった。にやりと笑ったルキフェルが魔法陣を修正していく。手のひらに浮かべた魔法陣を指先で変更しながら、救出されるヤンを確認した。


 ヤンを引き摺るタコの足を、ルシファーは水の刃を作って切り裂く。数回落とすと、諦めた様子で足を引っ込めた。その間にヤンを転移で手元に呼び戻す。


「ぐぁああ、我が君……我は勇敢に戦ったと……息子らに……」


「ヤン、もう助かったぞ」


 くすくす笑いながら指摘され、毛皮に張り付いた吸盤を噛んで外していく。照れ隠しのように毛繕いを始めたフェンリルは、耳が垂れていた。


 ふわりと風が動いて純白の髪をさらう。浮き上がりかけた髪を掴んで、レラジェが頬を緩めた。


「綺麗」


「あっちもすごいぞ」


 ルキフェルが巻き起こした風が旋風となり、触れたタコを切り刻む。食べると宣言したためか、ある程度の大きさでカットされた。ひと抱えサイズのタコの足をこちらへ放って寄越す。慣れた様子で収納の口を開いて待機するルシファーが受け止めた。互いに風を操るが魔力は干渉しない。


 旋風が投げ飛ばしたタコを、ルシファーの魔法が受け止めて収納へ流し込む。ほぼ自動化された動きは、何度も似たような経験をして磨いた信頼の証だった。


「こんなもんかな」


「ご苦労だった」


 労うルシファーの元へふわりと舞い降りたルキフェルは、水色の髪をくしゃりとかき上げる。


「ベタベタする」


「浄化するより、真水で流す方がいいぞ」


「温泉に行こうか」


「リリスが拗ねるから、オレはパスだ」


 肩をすくめたルキフェルが姿を消す。おそらく温泉で汚れた髪を洗うのだろう。タコも回収したし、世界の裂け目はほぼ塞いだ。今後の課題は城に戻ってから魔法陣を開発すれば間に合う。毛繕いを終えて何もなかったフリをするヤンの鼻先を撫で、フェンリルごと転移で城門へ飛んだ。


「魔王様がお戻りになれたぞ」


「陛下!」


 なぜか城門には侍従やベールが待ち構えており、あっという間に捕獲されたルシファーは中庭へ連れて行かれた。そこにいたのは、何かを捏ねる黒髪の次期魔王妃リリスだ。


「あ、ルシファー。おかえりなさい」


「ただいま。何をして……?」


 巨大なボールに大量の卵と小麦粉が入っている。それを捏ねるリリスの脇で、ルーサルカとシトリーがボールを押さえていた。少し離れた場所で鉄板に火を当てているのは、レライエだ。魔力供給を手伝う翡翠竜の姿は、楽しそうだった。左右に大きく尻尾が揺れる。


「ネギが準備できましたわ」


 ルーシアが両手でネギを抱えて走ってきた。これはもしかして? 何か食べ物を作るのか。察してしまったルシファーへ、ベールが溜め息を吐いた。


「陛下、せめて門の外へ移動させてください」

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