1295. 本日の主役に寿ぎを
ベルゼビュートの結婚式前日。魔王城の周囲は多くの魔族が集まっていた。城内の空き部屋は開放され、あちこちに人々が陣取る。
「まるで避難所みたいね」
「似てるが……服装が派手だ」
アンナも前夜祭から参加するつもりで駆けつける。双子を乗せたベビーカーは、時々夫イザヤの手を借りながら押してきた。歩いて通っていた時は気にならなかったが、大きな石畳の隙間にベビーカーのタイヤが嵌る。この問題は後日提議する予定だった。
今日明日とお祝いなので、どの種族も着飾っていた。鳥の羽根を髪に差したラミアは、まるでインディアンのようだ。エルフは際どい衣装を纏い、今夜は踊り明かすのだと気合が入っていた。結婚式の定義は特に決まっておらず、種族によって異なる。今回、ベルゼビュートのために企画された結婚式は、魔王城の総力を挙げたお祝いだった。
ペガサスは空を舞い、神龍も巨体をくねらせて華を添える。夕暮れ前にも関わらず、主役そっちのけで酒盛りを始めるドワーフが、奥方達に叱られるのも恒例だった。
「準備できたか?」
中庭の騒動をテラスから確認するルシファーは、テラスの手摺りから浮いていた。手摺りの上に立ったがよく見えず、背伸びするうちに面倒になり翼を広げたのだ。ふわふわと魔力で浮遊しながら、リリスの準備状況を確認した。
「まだもう少しよ。こっち見たらダメよ!」
「わかった」
素直に背を向ける魔王の背に広がる純白の翼が、夜闇が降りる空に映えた。以前の夜空に溶ける黒さもいいが、浮き上がる白さも味わい深い。現実逃避しながら、アスタロトも手摺りにもたれた。間違って振り返ったら首を落とされそうな剣幕の背後は、ベルゼビュートの着付けに必死だ。
現時点で主役の着付けが終わっていないのだ。豪華なお飾りをプレゼントしたリリスとルシファーに応え、急遽衣装の一部変更が行われた。サプライズのつもりで事前打ち合わせをしなかったことが、悪い方へ働いた形だ。上に羽織るヴェールで首飾りが見えなくなるため、ヴェールは髪に留めて掛ける。代わりに肩を大きく出すデザインに変更した。
お祝いに駆けつけたアラクネが、急ピッチで仕上げていく。その素早い縫い目は美しく、完璧だった。ようやく変更が終わり着付けが始まったばかり。男達は全員室外へ出された。
うまく廊下に押し出されたルキフェルとベールは退散したが、ルシファーはリリスのエスコートがある。テラスで待つついでに、広場の様子を眺めていた。アスタロトも妻アデーレを大公夫人としてエスコートする予定で、この場で待機となる。大公女達の婚約者は隣室に集まり、そわそわと動き回っていた。
「準備出来たわ」
「振り返ってもいいんだな?」
リリスの声にルシファーが念押しする。いつもならベルゼビュートが裸だろうと気にしない付き合いだが、さすがに花嫁となれば失礼は許されない。平気と重ねて声を上げたリリスを信じて振り向いた。
「……っ、綺麗だぞ。ベルゼビュート、幸せになれ」
現在こそ回数が減ったものの、100年ほど前まで魔王城も舞踏会が開催されてきた。着飾ったベルゼビュートなんて、何度も見ている。だが言葉に詰まるほど美しいと思ったのは、初めてだった。
妖精の羽根から作られた輝く粉を全身の肌に塗り込み、ピンクの巻毛は上部で品よく纏められた。うなじに掛かる後毛が揺れるたび、大公女達が選んだ髪飾りがしゃらんと涼やかな音を立てる。ルシファーとリリスが贈った首飾りに合わせ、大公3人が用意した耳飾りを付けた精霊女王が微笑む。口紅もいつもの赤ではなく、濃桃色で清楚な雰囲気を漂わせていた。
目元に少し濃いめの化粧を施したベルゼビュートは、照れた様子で目を伏せる。赤を基調に金と黒を上手に配色した目元が色気を作り出す。淡い紫のベールとクリーム色のドレスは露出を控えめにしていた。大量の宝石を砕いて織り込んだ特殊な糸はきらきらと照明を弾く。
「美しいですね。おめでとうございます、ベルゼビュート。あなたに幸福が注ぐことを願います」
普段は辛口のアスタロトも、今夜は寿ぎのみに留めた。
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