1045. 検査のための呼び出し

 早い帰宅だったので、イザヤとアンナは腕を組んで買い物に出た。人族ではなく魔族の一員となった日本人に、ダークプレイスの住人は厚意的だった。


「アンナちゃん、これどうだい? 夕食のメインになるよ」


「魚……ブリかしら?」


「今朝の海で獲れたそうだ。転送してもらったから新鮮だぜ」


 ごつい熊獣人が呼び止め、彼の大きさからすると小ぶりな魚を指差す。ブリに似た外見の魚は、見た目もでっぷり太っている。良質な魚を、転送で瞬時に送ってくる上、保管は収納空間だ。下手な冷蔵庫より保管状態がよかった。


「頂くわ」


「じゃあ、捌くぜ」


 魔法陣の上に肥えた魚を横たえると、魔力を注ぐ。一瞬で切り身と骨、内臓などが分かれた。本来は肉を捌くための魔法陣らしいが、肉屋も魚屋も一緒なのだ。海から魚を獲って食べるのは、近年の習慣らしい。


 切り身を受け取り、アンナは手慣れた様子で魔法陣が描かれた紙で包んだ。これはラップと同じ効果をもたらす。魚を捌く魔法陣は小売店、ラップの魔法は一般家庭に普及していた。


 隣の八百屋を覗き、両手で抱える大きさのキャベツもどきを購入する。少し歩いて調味料や香辛料の専門店で、買い足しを行った。キャベツを収納したアンナは、兄と腕を組んだまま他の店を冷やかす。途中でチーズケーキに似たしっとり系で酸味のあるお菓子を買い、笑顔で帰宅した。


 離れに住むアベルが嫁をもらうまでは、料理を作る気でいるアンナは、手慣れた様子で3人分の魚を調味料に漬けていく。鼻歌を歌う彼女の隣で、イザヤは野菜を刻んで鍋に放り込んだ。魔力がそこそこあるので、魔法陣は積極的に活用する。


 魔王城公認の魔法陣ショップで、新しい便利グッズを探す楽しみも覚えた。最近買って便利だったのは、アクセサリーを固定する魔王印の魔法陣だ。小さなピンで前髪を留めて、魔法陣を重ねるだけで固定完了だった。優秀すぎて別の場所でも活躍している。


 干した洗濯物が飛ばないように固定したり、ベッドのシーツの端を留めたり。意外と汎用性が高かった。その魔法陣がリリスのリボン固定用に開発された噂は、かなり有名だ。


「連絡なかったから、アベルも早いのよね」


「待っていて一緒に食べるか」


「その方がいいわ。ルカちゃんとの進展具合も知りたいもの」


 自分の恋がうまくいったら、他人の恋が気になる。わかりやすい妹の考えを注意も否定もしない。ここは異世界で、他人の目を気にして生きていく場所ではなかった。自由に思うままに生きて、他者に迷惑をかけなければいい。


 可愛い妹の髪に口付けたところで、アベルが帰宅した。門を通ったアベルに声をかけ、全員が食卓に揃う。仕事の内容は互いに守秘義務があるので、帰り道の話や魔王城の噂など……会話は軽いものが中心だった。


 ブリっぽい魚は煮付けにされ、白米と一緒に並ぶ。味噌汁に似せた塩味のスープを添えて、見た目はともかく味は日本食だった。片付けを終えて、チーズケーキもどきを切ろうとしたところで、アベルが短剣を引き抜いた。イザヤも剣を手にとる。


「誰か来た」


 ぽつりと呟いた声に、ノックが重なった。本来は門を潜る前にベルの魔法陣が鳴る。だが音はなかった。緊張が走る室内で、イザヤがアベルと剣を交換する。ベルトの背中部分に短剣を隠してドアを開けた。


 アベルの離れとの間はハーブの庭がある。庭へ続くキッチン側の裏扉を開いたイザヤは、困惑した顔で訪問者を受け入れた。


「遅くに申し訳ありません。今日のルキフェルの実験に、2人が立ち会ったと聞いています。すぐに魔王城へ戻って検査を受けてください」


 銀髪に青い瞳の美貌を歪ませ、ベール大公は辛そうにそう告げた。

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