628. 瑠璃竜のドラゴン狩り

「野良竜狩りと洒落込もう」


 大公であるルキフェルが子供の姿だったことで侮って、一族から逸れたドラゴンが集う集落の上で羽を広げる。僕を侮ったりバカにするのは自由だけど、それに付随してルシファーに弓引こうと計画するのは……別の話だよね。


 ルシファー達が僕を大公に任命したのは、この身に宿る魔力が原因だ。赤子のルキフェルが泣くたびに大地が揺れ、火山が火を噴いた。幻獣霊王であるベールが魔力を特定して、ルシファーが出向いて回収するまで、育て方がわからず困惑する親や一族は何も出来ずにいた。


 そう……竜族の精鋭であっても、僕を仕留めることは出来ない。圧倒的な魔力量を持つ赤子を殺せず、本能が張った結界に弾かれ、反射的な攻撃にドラゴンの戦士は数十人単位で消えた。あの事件を知るのは、僕より寿命が長い僅かな者だけ。


 いま、眼下の集落にいる彼らは知らない。水色の毛先を指で弄りながら、ルキフェルは口元を緩めた。丈夫なドラゴンが相手なら、あまり手加減は必要ないし?


 彼らが反逆の準備を整えているのは、100年前に知った。放置したのは、ルシファーが「挑戦はオレが受ける」と発言したからだ。魔王の入れ替わりを望む「挑戦」はすべての魔族に与えられる権利だった。不満があれば、その実力を示して魔王を倒すことで認められる。


「挑戦は邪魔しないけど……」


 挑戦は常に1対1で行われる。魔王を複数で囲んで攻撃する計画なんて……誰も認めていない。集まった竜族や竜人族は50人ほど。そろそろ動き出す頃合いだった。


 仕事の傍ら監視を続けた魔王軍とルキフェルによって、彼らの戦力は丸裸だ。手に魔法陣をひとつ呼び出す。炎の球を作り出す魔法陣にわずかに魔力を流した。一瞬で出来た巨大な火球はルキフェルの身長を優に超す大きさになる。


「うん、今回の改良もうまくいった」


 本来は攻撃用に作った魔法陣ではない。ドワーフに頼まれ、鍛冶に使う炭を作るために作った。簡単に言えば、切り倒した木々の枝や皮を一気に焼き尽くすための高温と、炎上時間を設定された魔法陣だ。しかし世の中の何であれ、大抵は戦や策略に転用可能だった。


 自ら作った魔法陣の実験がてら、眼下の集落を指さす。標的を指定された火球はまっすぐに落ちた。示された標的を燃やし、炭を作るための炎が反逆者の家を焼く。急ごしらえの木造住宅は火の回りが早い。燃え上がる炎を見ながら、飛び出してくる敵を数えた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……面倒だな。捕まえてから数えよう」


 捕まえる前に数えても、炎から逃げ惑う彼らが動くたびに数え直しになる。肩を竦めたルキフェルが別の魔法陣を作って、今度は大量の雨を降らせた。調整機能付きなので、最初は大粒にして徐々に小雨になるよう設定する。


「雨だ」


「これで火事が……あれは!?」


 突然の雨に喜んで空を見上げたドラゴン達は、空で大きく羽を広げる水色の髪の青年に気づく。好んで身に纏う青灰色の衣が風を孕んで広がった。竜の羽の先についた鉤爪がきらりと光を弾く。


「大公、ルキフェル?!」


「炎の攻撃で、気づけるでしょ」


 遅いとぼやきながら、武器を片手に舞い上がるドラゴンに口元を緩めた。抜け駆け禁止だけど、捕縛の際に多少傷物になるのは……しょうがないよね? この場にいない同僚を思い浮かべ、くすくすと笑いながら腕を竜化した。


「かかっておいで。力の差を教えてあげる」


 飛び掛かってきた男の槍を叩き折り、蹴りを入れて背骨を折る。即死しないよう調整するのが面倒だけど、数を減らしたらアスタロトやベルゼビュートが煩いだろう。


「くそっ! 計画がバレた」


「殺すしかないぞ」


「複数でかかれ!」


 この期に及んで勝てる気でいる愚かなに、ルキフェルは見せつける様に竜の形へと変化する。見事な青い鱗は透き通る氷に似た美しさを誇る。鮮やかな色の鱗は実力の証、彼らのように色を纏えないドラゴンなど敵ではなかった。


「安心して、殺さないように甚振ってあげるから」


 安心できる要素のない不吉な予言を吐いて、瑠璃色の竜は笑った。

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