95章 結婚式が近づくと

1291. 足を踏まれるのもダンス?

 ルシファーが留守にする間に、アスタロトとベールが書類を処理していく。互いに署名を確認し、また別の書類に取り掛かった。魔法陣を組み立てるルキフェルが時折顔を出し、彼らの署名が終わった書類に署名を足していく。


 魔法陣を設置する場所は各種族から申告があった場所なので、現地で調整が必要だ。エルフはツリーハウス内に設置を希望したし、アルラウネは茂みの中を指定した。魔狼達は洞窟の奥を選び、鳳凰は火口の内側の壁に描かせる。体当たりで通過するらしい。危険と注意したが問題ないそうだ。失敗して落下しても死亡する可能性は皆無なので、最終的に壁に設置した。


 設置するたびに、魔法陣の動作確認を兼ねて利用するルキフェルが帰ってくる。署名を終えるとまた設置に出掛けて行った。忙しそうだが、本人は楽しんでいるので問題ない。必要な書類をすべて作成し終えたアスタロトは、署名の有無を確認して足りない数枚を引き抜いた。


「これらに署名を貰えれば終わりです」


「そうですか。順調ですね」


 ベールと笑い合い、侍従達を呼んで各部署へ書類を届けさせる。仕事を片付けたアスタロトは、穏やかに微笑んでベールを促した。


「久しぶりに後見人の役割を果たしませんか?」


「あなたは娘に会いたいだけでしょう」


 ベールは呆れたと言いながらも、反対せずに立ち上がった。誰もいなくなった執務室に残された書類が、ひらりと床に落ちる。書かれていたのは……結婚式に関わるいくつかの指示だった。




 階下ではダンスならぬ、我慢大会が開催されていた。非常に盛況だが、扉を開けたベールとアスタロトは顔を引きつらせる。運動神経は悪くないのに、リリスはルシファーの足を踏んだ。いや、それだけなら初心者によくあることと笑って流す。問題は……足に乗っかっていることか。


「リリス様、自らステップを踏んでください」


 アデーレが指摘するも、本人はどこ吹く風だ。彼女の言い訳じみた発言は「だってこの方が間違いないし、楽じゃない」だった。踊っていてパートナーの足を踏んだのではなく、最初から足の上に乗って踊るフリをする。狡いと怒るより呆れが先に立った。


「陛下、きちんと教えてください」


「そうだが……確かにこれなら誤魔化せると思ったんだが」


 足の甲にヒールが刺さっている魔王は、ぎこちなくも笑顔を浮かべて対応する。結界を重ねてヒールを防げばいいが、リリスはその結界を通過する。彼女が身に着けた物も同様だった。つまりリリスがヒールで乗れば、確実に踵が刺さるのだ。


「ちょ、今のは痛い」


 ターンする場面で痛みを訴えるが、リリスは首を傾げた。


「なんで? 私の体重を軽くしたらいいわ」


「その手があったか!」


 納得して腰を抱く腕が魔法をかけるが、アスタロトがそれを阻止した。ぐぐっと体重が踵に戻り、ルシファーが痛みに顔を顰める。


「ルシファー様、きちんと教えてください。できますね?」


「やらせていただきます。ぅ……いてっ」


「重くないわよ、失礼ね。ルシファーったら」


 リリスに重くないと言われ否定できず、アスタロトとベールの圧力に負けて項垂れる。楽しいはずのダンスで、なぜ苦境に追いやられているのか。さすがに気の毒になったのか、リリスは大人しく降りた。自らの足でぎこちなくステップを踏む。


「ごめんなさい、ちゃんと踊るわ」


 苦手なクイックステップだけは助けてね。こっそり囁かれ、ついつい許してしまうルシファーを見ながら、大公2人は顔を見合わせる。大公女達をそれぞれにダンスへ誘い、相手役を務めた。しばらく舞踏会でのダンスはワルツ一択になりそうですね。そう呟いたアスタロトに、ルーサルカがくすくすと笑った。


「私もその方が助かります、お義父様」


「ワルツが踊れれば十分ですよ」


 義娘に甘い吸血鬼王の言葉に、アデーレが大きく肩を落とした。結婚式でのダンスはワルツのみ、思わぬ決まりが出来てしまい、他の貴族達は困惑したとかしないとか。実際のところ、ワルツに絞ったことで胸を撫で下ろした魔族も多かった。

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