706. 檻は守りか攻撃か
巨大な檻――その表現が正しいかどうか。硬い素材が蜘蛛の糸のように広がり、ルーサルカとカルンを包んでいた。怯えて震えるカルンの背から生えた檻が、周囲を攻撃する形で棘を作り出す。形としては半円形が近いのだろう。
隙間があり中の様子が窺える状態が、まさに檻だった。だが外へ向けて突き出した棘は人の手足ほどもあり、攻撃的な印象を与える。
お椀を伏せた形の檻はかなり大きく、少し離れて歩くアスタロトとルーシアに届いていた。
「驚きましたね。無事ですか?」
言葉のわりに余裕で防いだアスタロトは、苦笑いして背後にかばったルーシアの安全を確かめる。頷いたルーシアだが、目の前の背中へ声をかけた。
「あ、無事です。ありがとうございます」
まだ震える声は、よほど怖い思いをしたのだろう。白い手足も震えており、上に結んだだけの青い髪も揺れていた。数歩下がった彼女を確認し、アスタロトは盾を放り出す。手から離れた盾は高魔力の塊だったため、薄れて消えていく。全身を包む結界を一時的に前面へ集める、魔法ですらない魔力制御だった。
「ルカは?」
ケガしてない? そう尋ねるリリスの声に、硬い殻に覆われた内部から返事があった。
「私は何ともありません。カルンが……これ、カルンがやったのでしょうか」
疑問というより、確信をにじませる声は硬かった。困惑しているのだろう。可愛い弟分のように扱ってきた子供が、これほど強力な攻撃方法を持っていた。突然振るわれた力の大きさもさることながら、なぜカルンがこのような攻撃にでたのか判断できない。
閉じ込められた状態だが、不思議とカルンに危害を加えられる心配はなかった。
「カルン、大丈夫? なにがあったの?」
話しかけてもカルンは首を横に振って、両手で肩を抱き震えるだけ。囲う檻に似た素材は外に向けて棘を作っているが、中はつるんとして触れても平気だった。だから外にいる人達から攻撃されないように声をかける。
「私たちは平気だから、しばらく放置してもらえますか?」
カルンの背から生まれた素材なら、攻撃が子供の身体に反映されてしまうかも知れない。震えるカルンとの距離を詰め、繋いでいたのに離れた手を差し出した。落ち着けば、この檻も消えるだろう。確信があるルーサルカは優しく話しかけた。
「触るわよ」
「うん」
了承を得てから抱きしめた。背中のごつごつと生えた歪な塊を避けて、正面から背に腕を回す。何度も撫でると、徐々に外へ突き出した棘が消え……やがて檻自体が消えた。幻かと疑うほど綺麗さっぱり消えるが、地面に突き立てられた痕跡は残る。
今回は後ろを歩く者に被害がなかった。しかしそれはアスタロトがいたからだ。普段から結界を張る彼が、咄嗟に防御して結界を盾に集約して防いだから助かった。もしルーシアだけなら、地面に深く刺さった檻が彼女を貫いた可能性がある。
無言で状況を見守ったルシファーは、わずかに視線を逸らす。腕を組むリリスが見上げ、視線が絡んで……少女は赤い瞳を和らげて肩をすくめた。
「難しいか」
ルーサルカが気に入り、アデーレが引き取りたいと願った。カルンが拒まなければ、それもいいと納得しかけたが……この攻撃性は共存生活の支障となる。人を殺してから、そんなつもりじゃなかったでは通らないのだ。無意識に行った防御反応なら、さらに……。
「陛下、この子供は処分します」
「少し待てないか?」
「先ほどの攻撃を見る限り、無理ですね」
あの棘が眼前に突然出現したら、魔獣やドラゴンを含めた魔族のほとんどが手傷を負う。息をするように結界をまとうのは魔王や大公クラスだけだ。戦いも何もない平常時なら、魔王軍の者達も結界など張らないのだから。
「お義父様、話を聞くから待って」
「しかし」
「お義母様に言いつけるわよ」
剣幕に負けて思わず口を噤んだアスタロトを興味深そうに見ながら、ルシファーとリリスは顔を見合わせて笑った。
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