523. 襲撃亀は美味しく頂きました
「彼らに食べ物を与え……亀を食べさせても平気だろうか。そもそも、この亀が彼らの仲間だったら申し訳ない」
異世界から来たのなら、この世界で該当する種族がなくても当然だ。鱗のある人々の種族名は後日決めるとして、まずは食事と言いかけて止まった。首をかしげてからアンナに通訳を頼む。兄が確保したすっぽん鍋の深皿を抱いたアンナは、彼らに尋ねた。
「問題ないそうです。彼らの世界と私のいた世界は考え方に似たところがあります。風水の
確かに落ちてきた場所も違う。魔の森の外側に放り出された鱗のある人々と違い、亀は城門前に落ちてきたのだ。別件と考えるべきだろう。
「尻尾が蛇……そんな亀もいましたね」
アスタロトがぽつりと呟く。該当する単語が思い出せないアンナが通訳できず、その話がこの場で彼らに伝えられることはなかった。後に別件で亀の存在を知った彼らが「どうして教えてくれなかったのか」と抗議するのは数年先のことである。
「呼び名が必要だな。ひとまず
元は魚人を示す古語だが、使っている種族はいなかったはず……考えながら選んだ単語に、側近も頷いた。鱗がある種族として登録するなら、魚人の名は見当違いでもない。無事、人型の彼らを魔族に分類できることもあり、ほっとした顔で侍従を呼んだ。
「ベリアル」
「陛下、お呼びですか?」
名を呼んですぐに駆け付ける侍従長に、テキパキと指示をだす。
「彼ら全員に鍋や肉を振る舞ってくれ」
「承知いたしました」
他のコボルトに指示を伝え、ベリアル自身も鍋に向かって走っていく。小型の種族なので混雑した場でも入り込むが、興奮した女性達に蹴られないよう注意しながら戻ってきた。両手で小さな鍋を抱えている。太い枝のようなものが飛び出しているが、あれも食べ物だろうか。
「陛下、追加分です」
「ありがとう」
必死で確保したベリアルに礼を言い、リリスの食べている小型鍋に中身を追加する。熱いので「ふぅふぅ」と冷まして口に入れると、嬉しそうに頬を緩ませた。まだ鍋に殺到している女性の数は多いが、かなり落ち着いている。量がたくさんあったため、満腹になった彼女らの勢いが落ちたのだろう。
困惑した顔の異世界人たちへ「食べ物です」とアンナに通訳してもらった。後ろで深皿に盛ったすっぽん鍋を振る舞う侍従達に、恐る恐る近づいたガギエル達が手を伸ばす。器とフォークやスプーンを受け取り、仲良く座って食べ始めた。お腹が空いていたのだろう。気の毒になるくらい一心不乱に食べ続ける。
「ベリアル、彼らが満足するまで食べさせてくれ」
一礼してお代わりを取りに走るベリアルを見送り、腕の中で小さな鍋に手を突っ込むリリスに首をかしげる。彼女が取り出したのは、太い枝のようなものだった。片手で掴めず、両手で抱えるようにして差し出される。落ちかけた鍋を魔力で支えたルシファーは、愛娘の次の行動を読んでいた。
「パパ、あーん」
「あーん」
断るという選択肢を持たないルシファーだが、端を齧ってから手で受け取る。口に頬張れる大きさではなかった。事実、鍋から飛び出す大きさなのだから。
「これはなんだ?」
もぐもぐ咀嚼するが、なかなか飲み込めない。ゴムのように弾力のある肉をひたすら噛みながら、これをリリスに食べさせるのは無理だと考えていた。喉に詰まらせたら可哀想だ。
「ルシファー様、それは亀の指かと……」
スープを飲むアスタロトに指摘され、齧った枝のような肉を眺め……なるほどと納得する。足元に駆け寄ったピヨも鍋のおすそ分けをもらったらしく、骨を咥えていた。骨についた肉を食べ終えたのだろう。
「ねえ、ママは?」
「あ、忘れてた」
緊急事態で置いてきたヤンを回収しなくてはならない。セーレの一族は外縁に棲んでいるから問題ないが、今のヤンの家は魔王城の中庭だった。小型のすっぽん鍋を抱いたリリスを連れて転移し、大急ぎで戻ってくる。
「悪かったな、ヤン……アムドゥスキアスも」
ヤンを回収しようとしたら、拗ねた翡翠竜に体当たりされた。手前で結界に張りつく形になったが、置いて行かれた抗議は伝わる。
緊急事態の呼び出しならば戦場だと思って我慢したのに、城門前はいろいろな種族が集まる宴会場だった。なおさら機嫌を損ねてしまう。
「宴会なのに置いてくなんて、ひどいです」
むくれたアムドゥスキアスだが、酔っ払いベルゼビュートに捕まって
「扱いが軽いな」
ペット感覚でレライエに撫でられる翡翠竜は、お腹を見せて無防備極まりない。平和な光景に、ルシファーは苦笑いして肩を竦めた。
先ほどリリスに渡されたゴム食感の亀の指は、根性で1時間かけてルシファーの胃に収められる。ご本人によれば「愛しいリリスがくれた食べ物」は残さない覚悟があるらしい。呆れ顔のアスタロトは「重たい愛ですね」と辛らつなコメントを残した。
見渡す広場は、すっぽん鍋と亀焼肉のイベント会場となっている。巨大すっぽん鍋を囲んだ宴会は朝まで続き、城門前は昼過ぎまで酔っ払いの住処と化した。ちなみに戦闘用に召集された魔王軍の精鋭達も、ドワーフとベルゼビュートに飲まされ、エルフ達に食べさせられ……気づけば宴会の中央で裸踊りを披露する者もいたという。
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