89. 知らぬは当人ばかりなり
魔王城は、銀龍石という特殊な岩を切り出して作られた壮大な建築物だ。そのため材料となる石の切り出しは大規模に行われる。再建途中の城の敷地は、巨大な原石がごろごろ転がっていた。名前の由来となった銀の雲母が輝く石は、ドラゴン達が運搬を担当する。
「ドラゴニア家当主エドモンドにございます」
仮設された謁見用の部屋で大きな1本角の男性が頭を下げる。ベールとアスタロトが両脇に立つ中央には、空の玉座が置かれていた。
「ドラゴン族の男による
自ら作成した報告書片手に告げるアスタロトの冷めた声に、エドモンドが身を震わせた。片膝をついた礼を崩し、平伏して空の玉座に
「我が一族から不逞の輩を出しましたこと、心よりお詫び申し上げます。鱗への誓約と神聖な行為を
真面目なドラゴニア家に謀反の意があるなどと、アスタロトもベールも思っていない。だが彼の一族の末端であろうと、竜が起こしたトラブルを報告しないわけに行かないのだ。エドモンドが本心から詫びる様子に、アスタロトは申し訳なさそうに続けた。
「罪人を捕らえる許可は出せません」
「なぜです!? 我らの忠義をお疑いか!」
必死に食い下がるエドモンドに手を差し伸べて立たせようとするベールだが、彼はひれ伏したまま首を振って拒否した。困惑した顔で見詰め合ったあと、溜め息をついたアスタロトが事実を口にする。
「罪人はすでに処断しました」
「まさか……。陛下のお手を煩わせた、と? 我が首ひとつで代償は足りましょうか。息子のラインはいまだ幼く、なにとぞお慈悲を賜りたく……」
跡取りとしての自覚もない、まだ保育園に通う息子を庇う親の姿に2人は眉尻を下げた。ドラゴニア家を罰する気はなく、対外的な問題として注意した形を取りたかっただけだ。これ以上彼に謝罪させる必要はない。
「ドラゴニア家の忠誠は、陛下も我々も疑っておりません。ただ謀反があった事実と、罪人を処断した結果を報せるために呼んだのですから、身を起こしていただけませんか」
臣下としての片膝をついた姿勢に戻ってくれたエドモンドが、ひとつ深呼吸して尋ねる。
「よろしければ、罪人の最期をお聞かせいただきたい」
「構いません。一族の当主として、知っておくべき情報でしょう」
そう前置いたアスタロトは、右手に水晶玉に似た水の球体を作り出した。そこに自城の庭を映し出す。監視用に設置した目が映した光景に、ベールでさえ言葉を失った。
ところどころ青い野花が咲く芝の上は真っ赤に染まり、ドラゴンの鱗や肉片が散らばっている。
「……ありがとうございました」
確認を終えたエドモンドの声が掠れている。竜族は魔の森で3本の指に入る強者だ。たとえ裏切り者であっても、強者の一角を担う者がここまで
「これからも魔王陛下の御世のため、竜族の変わらぬ忠誠をお誓い申し上げます。また罪人の処断に、お手を煩わせたお詫びは……いつか必ず」
深く頭を下げて出て行くエドモンドの肩が落ちている。気の毒で声をかけられずに見送ったアスタロトに、ベールが深い溜め息をついた。
「やりすぎです、アスタロト」
「陛下にも言われましたが、あのトカゲ風情は陛下の御名を呼び捨てたのですよ? あのくらい当然です」
「……私が問題にしたのは、死体の状況ですが……罪人以外のドラゴンに、間違ってもトカゲなんて呼び方しないでくださいね」
わかっていますと苦笑いしたアスタロトは次の書類を捲り、意識はもう次の案件に向けられていた。そんな同僚を見ながら、ベールは今頃になってエドモンドの勘違いに気付く。
「そういえば、エドモンド殿は『陛下が自ら手を下された』と勘違いしましたね」
訂正し忘れた。そう告げるベールに、アスタロトは書類から顔をあげて確信犯の表情で口元を歪める。
「勘違いさせたのです。訂正する必要はありません」
城下町ダークプレイスに『療養中の魔王が、ドラゴンを片手でバラバラに引き裂いた』という伝説が広まるのは、当然の結果であった――知らぬは当人ばかりなり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます