1030. なんとなく感じる不安
ルーサルカの魔力を探り、すぐに庭から転移する。足早に魔王城の中庭に出て、一瞬で消えた大公を見送ったエルフが首を傾げた。
「何かあったのかしら」
「さあ」
庭の手入れを一段落して休憩する彼女達の前に、今度はルシファーが現れる。もちろんリリスを伴い、仲良く腕を組んでの登場だった。後ろに護衛騎士のイポスを連れて飛んだため、エルフ達が不安げに顔を見合わせる。
「絶対に何かあったわ」
「まさか……生き残りが出たとか?」
「ちょっと、黒いアレじゃないんだから」
「でも1匹見たら30匹だし」
エルフ達は顔を顰めて身ぶるいした。考えるも悍ましい光景を想像してしまった。すでに始末されたはずの人族が、ぞろぞろと徒党を組んで魔王城に攻め込んでくる映像だ。
何が悍ましいって、黒いアレの姿で思い浮かべてしまったことだ。
「怖い」
「陛下がいらっしゃれば……」
「でも出かけちゃったわ」
顔を見合わせたエルフ達は、今日の作業は終わったからと大急ぎで片付けて帰路についた。そんな事情を知らないものの、アデーレも空を見上げて眉を顰める。
「嫌な感じ。洗濯物が増えそうだわ」
魔法で洗うことも可能だが、陽の光をたっぷり浴びたシーツを取り込みながら侍女長は溜め息を吐いた。
「多めにタオルを用意しておきましょう」
彼女の直感は少し後で正しいことが証明されるのだが……それは日が暮れてから。今はまだ昼過ぎの心地よい午後の風がシーツを揺らし、アデーレは大きなクッションを日向に並べていた。
少し先の塀の上で、ヤンが大きな身体を縮めて日向ぼっこしている。窮屈そうな格好の理由は、潜り込んだピヨだ。まだ大きくない雛は丸まったヤンの腹に顔を突っ込み、尻だけ陽に晒して寝ていた。呆れ顔のアラエルが尻を隠そうとして立ちはだかり、ヤンの尻尾で追い払われる。
「陽が当たらぬではないか」
「す、すみません」
すでに姑、婿の立場が滲んでいる2匹のやりとりに、近くのドワーフが作業の手を止めてお茶を飲む。
「門番のやつ、いつもあしらわれてやがる」
「もっと気概をみせろ!」
「あんた達っ、さっさと仕事しな!」
好き勝手に揶揄うドワーフを、監視係の妻がおっ飛ばす。慌てて作業に戻るドワーフ達の一部は、お茶を運んでくれた妻に平伏して礼を言った。妻が強いから平和なドワーフの声に、ぴくりと耳を動かしたヤンが欠伸をする。
「平和よなぁ」
「はぁ」
アラエルも居場所を作って日向ぼっこを始めた。今のところ魔獣達は危機感を覚えることなく、一部の魔族だけに広がっていく予感……それはある意味被害者を事前に特定できる要素でもあった。
「すごい、綺麗ね」
「前にリリスが望んだ通り、魚もいるぞ」
かつて人族の都があった場所は、立派な湖となっている。水が湧いた当初は魚もいなかったが、地下水が流れ込んだことで、近くの川と繋がった。上流から合流した魚が繁殖し、水草が生え、今では美しい緑色の水を湛える観光地だ。
「泳ぎたいわ」
「今の時期は肌寒いからやめよう。暑くなったら、大公女達を連れてきたらいい」
「そうね! だったら泳ぎ心地を確認しておかないと」
「風邪をひくぞ、リリス」
泳ぎたいリリスと止めたいルシファーの攻防を、離れた木に寄りかかったイポスは苦笑いして眺める。2人きりのデートをしたい、そう願うルシファーの言葉を受けて、離れての護衛だった。いざとなれば魔王の結界は最強で、ここから転移も可能だ。2人の姿が見える地点での護衛は譲らなかった。
ふと視界に何かが掠める。気になって顔を少し左に向け、『何か』を探した。ここは人族の領地だった場所で、まだ魔の森が支配して数年の土地だ。眉を寄せて目を凝らし、イポスは見つけた『何か』へ向けて躊躇なく風の矢を放った。
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