774. 集まりすぎた気がする

 謁見の間は、可能な限り柱を減らした大広間だ。南側にドラゴンも通れる大きな窓があり、噴水のある庭がある。以前キマイラ騒動で壊れた噴水も、すでに修繕が終わっていた。北は廊下と扉があり、貴族の控室もそちらに用意される。東に魔王の居室がある居住棟へ繋がる通路があり、玉座は5段の階段上だった。


 爵位を名乗り受付をして入るが、人型の種族ばかりに見える。その理由のひとつが、魔族特有の並び順にあった。背の低い種族から前に詰められていく。背丈の大きい者が前に出ると、後ろの者が見えなくなるため決められた法だが、実はもうひとつ理由があった。


 ドラゴンやグリフォン、幻獣系の大きな種族が力を誇示しようと大型のまま入室すると、謁見の間に貴族が入りきれないのだ。そもそも魔族にとっての貴族とは、村のまとめ役程度の認識しかない。魔王への謁見等の権利は与えられるが、義務も同時に課せられるため、名誉職の意味合いが強かった。


 強いから貴族、大きいから貴族というルールは存在しない。様々な種族から意見を吸い上げるため、精霊や植物に近い種族であっても爵位を持っていた。


 手前に植木鉢がいくつか並べられる。アルラウネのアルシア子爵だ。ここ数年は顔を見せることが減ったが、代替わりが近い時期であり、即位記念祭に城下町へ来ていた。いわゆる「マンドラゴラ」と呼ばれる薬草姿なので、植木鉢に入ってエルフに運搬を依頼したという。


 彼女らの隣に小さなスプリガンやケットシー、精霊が並んだ。小型魔獣や小さく変化できる種族も顔をのぞかせる。後ろに行くほど身長の高い種族が増えて、まるで巨大な階段のようだった。


 壇上の赤い絨毯の両脇に、大公3人が並ぶ。両側に分かれて立つ彼と彼女らは、それぞれに書類を読み込んでいた。側近のアスタロトはルシファーと入室してから檀下におりるため、空席である。


 一段下がってリリスの側近4人の少女が立った。仕事用として自分たちで選んだドレスは、淡い緑色のシンプルなものだ。主人より目立ちすぎず、しかし風景に沈まない色を選んだらしい。


 ざわりと室内の空気が変わり、集まった人々が期待の眼差しを向ける。玉座の横から姿を見せたルシファーは、正装と行かないまでも着飾っていた。遅れてきた原因の半分はこの衣装に着替えることへの抵抗、残り半分は着替えにかかった時間である。


 衣装は黒に限りなく近い紫色。柔らかなシルエットのローブ姿で、王冠を含めた飾りが大量に絡みついていた。盛装では、純白の髪やお飾りが目立つよう暗色を纏う。腕を絡めて隣に並ぶリリスは檸檬色の肩だしドレスだった。ブリーシンガルの髪飾り以外にも、指輪や耳飾りが光を弾く。艶姿の彼女はラベンダーのショールを羽織っていた。


 2人で1つしかない玉座の前で止まると、貴族が一斉に頭を下げる。訓練したわけでもないのに、一様に敬意を示す姿は壮観だった。


「ご苦労だった。楽にしてくれ」


 先に声をかけるのもいつものこと。顔を上げた貴族達から、感嘆の息が漏れた。即位記念祭で一緒に登城した家族連れの貴族が多く、妻や子供を連れての参加が許された事情がある。ぎちぎちに詰め込まれた状況に文句がない貴族達は、魔王と魔王妃の盛装姿に喜んだ。


 魔の森の脅威が一時的に止まったこともあり、楽観的な雰囲気が広がっているのだ。アスタロトが玉座脇の定位置に立つと、まずルシファーが腰を下ろした。当然のように両手を伸ばし、リリスの細い腰を掴む。素直に身を任せるリリスを膝の上に座らせた。


 横向きに座ったお姫様は、玉座のひじ掛けに膝を乗せて魔王の首に手を回す。斜め後ろでいつもの溜め息が漏れるが、ルシファーはいつものことと無視した。そう、いつものことなのだから。

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