274. 宝石箱に入れて永久保存します
魔王城の屋根は高い。それはもう一般家庭とは比べられなかった。3階まで部屋があるし、屋根裏部屋もある上、あちこちに高い塔が顔を見せる建造物は、地上から子供が歯を投げるには屋根が遠すぎた。
「ここなら屋根が近い」
真剣に魔王城の設計図とにらめっこした魔王ルシファーが選んだのは、最上階にある私室のテラスだった。広いから落ちる心配も少ないし、何より普段から落下防止の魔法陣が刻まれて発動している。以前は2階にあった私室だが、改築の際に一番上の3階に引っ越しとなった。
アスタロト曰く「魔族の頂点に立つ魔王陛下の頭上に部屋があり、他者が歩き回るなど……云々」らしい。途中から長くて覚えずに聞き流したルシファーだが、集まったリリスのお取り巻きは興味津々で部屋を見ていた。
「終わったらお茶にしようか」
「うん!」
リリスが嬉しそうに笑う。前歯がないと少し間抜けだが、そんな姿も愛おしい。可愛くてしかたないと頬が緩むルシファーは、手元の書類にさらさらと署名して押印した。
これで今日の書類処理はすべて終わった。午後の穏やかな日差しが入る部屋は平穏そのもの。昨日の人族襲撃が嘘のようだった。
ちなみに今署名した最後の書類は、人族の氷像をどう片づけるかの最終決定書だ。案は3つあった。アスタロトは人族の都に落とす、ベルゼビュートはゾンビと同じように火口へ捨てる、最後のベールは溶かして魔物の食料にする、だった。採用されたのはベールである。
捨てるために運ぶ手間や、人族の都に落とした後で報復と称した再進軍があることを懸念したのが原因だった。攻め込まれても迎え撃つから構わないのだが、お茶の時間を邪魔されるのは腹が立つ。そう告げたルシファーに、アスタロトも渋々引き下がった。
テラスごと結界で包み、さらに下に落下防止の網まで用意したルシファーが付き添い、日差しが眩しい白いテラスへ足を踏み出す。
ハンカチに乗せた白い小さな乳歯をリリスの右手に握らせ、ルシファーがリリスを抱っこした。左腕に座る形で屋根に目をやる。振りかぶった手から、乳歯が飛んで行った。
「きれぇな歯が生えますよぉに」
前歯が抜けたため、リリスの発音が一部怪しい。ケガが原因の歯の欠けなら治癒魔法陣で対応できたが、成長過程での歯の抜けは補えなかった。その舌足らずに近い発音が可愛いと、昨夜からルシファーはデレデレだ。
「綺麗な歯が生えるといいね」
お友達のルーシアの言葉に、にこにこと笑って頷く。アデーレがお茶の用意を始めた室内へ戻ると、屋根の上からコウモリの羽を広げたアスタロトが下りてきた。
「陛下、無事確保いたしました」
「ご苦労さん」
労って受け取った小さな乳歯を、小さめの宝石箱にしまう。綿を敷いた箱の中央に置いて、上からまた綿を乗せた。閉める前に日付や歯の位置を記した紙を同封し、間違っても中身が無くならないよう、厳重に宝石箱へ結界を施す。そのうえで収納魔法で異空間へしまった。
宝石箱は外側にダイヤやエメラルドが輝く美しいもので、リリスが目を輝かせる。
「パパ、あれ欲しぃ」
「……いまの箱はちょっと。同じような箱を作るから、それでいいか?」
「うん」
頷いたリリスを下すと、足元で待っていたヤンが付き従う。魔王の私室が広いこともあり、元の小山のようなサイズで尻尾を振りながら幼女を追った。ソファが片付けられている一角にゴロンと横たわり、ヤンがくるりと丸まる。
「フェンリル様って、本当に大きいのね」
シトリーが驚いたと声を上げると、得意げに尻尾が揺れた。後を追いかけるピヨが毛玉状態のヤンに飛び込む。当然のようによじ登るリリスが続いた。
「皆もおぃでよ」
手招きするリリスに、顔を見合わせたルーサルカとレライエが戸惑う。しかし幼い頃からヤンを知っているルーシアは、靴を脱いでヤンの毛玉にダイブした。
「お? 珍しいな。ヤン」
自慢の毛皮をソファ代わりに提供する姿に目を瞠るルシファーへ「我が君もどうぞ」と促す。素直に毛皮の上に移動したルシファーが腰掛けると、リリスが純白の髪を握って抱き着いた。
「遠慮するな」
ルシファーが手招きするに至り、ようやくルーサルカとレライエ、シトリーがヤンの毛皮に近づく。どこから乗ろうと迷う少女達へ、アスタロトが手を貸した。
「心配いりません。ヤンは大人しいですから」
アスタロトが3人を順番にヤンの上に乗せていく。目の前のテーブルを魔力で少し持ち上げて固定すれば、お茶の準備は完璧だ。アデーレが用意した茶菓子も並んでいた。カラフルなフルーツが盛られた大きなケーキと、色鮮やかなチョコレートが目を楽しませる。
「フルーツの柔らかいケーキと、たくさんのチョコレートを用意させた」
昨日のお茶会のやり直しだと笑うルシファーへ、リリスのお取り巻きも嬉しそうに笑った。
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