273. 毒でも呪詛でもありませんね

「リリスっ!」


 真っ赤に染まった何かを、とっさにルシファーは手で受け止めた。毒物なら解析できるかも知れない。そう思ったが、血で濡れた飴が砕けたものらしい。一応保管しておく。


「うぁああ、パパぁ……痛いっ……痛いよぉ」


 泣き続けるリリスの痛みの原因がわからないため、治癒魔法陣を使ってもいいのか迷う。人族の兵士達の駆除が終わったこともあり、急いで魔力と翼で城門まで戻った。


「陛下、すぐに浄化します」


 踏んでしまった人族の血が影響した可能性もあるので、城門の上で待つベールへ浄化の魔法陣を作って渡す。そのまま発動できそうだが、呪詛がどう影響するかわからない状況で、不確定な方法を試す気はなかった。


 腕の中で痛みに泣いているのは、最愛のリリスなのだ。危険は少しでも遠ざけておきたい。


 飛んで舞い降りたベルゼビュートごと、まとめて浄化魔法陣に包まれた。きらきらと銀色の光が舞う様子は、リリスが好きな光景だ。しかし泣いているリリスは、顔をルシファーの首筋に埋めてしゃくりあげていた。


 背中をさすって落ち着かせながら、浄化が終わった服を念のために指パッチンで着替えた。リリスが吐いた血も綺麗に消える。これで呪詛の要素は残っていないだろう。急いでリリスを抱いた自分の足元に治癒魔法陣を出現させた。


「リリス、もう痛くないか?」


「……うん」


 頷くリリスはまだ泣きじゃくった影響で頬が濡れている。しゃくり上げたリリスが、指を口元に持っていった。そのまま中に入れようとするので、止める。


「どうした? 何かあるのか?」


「変なのがある」


「ここへ出して」


 真っ白に戻った手を見せて促すと、涙目のリリスがぺっと口の中の異物を吐き出す。受け止めたそれは、何やら白い塊だった。


「呪詛の気配はないですが……呪物じゅぶつ聖遺物せいいぶつでしょうか」


 呪詛を最初に研究したアスタロトが覗き込む。人族の呪詛は奥が深い。魔族にはない感情を元に作られるため、知らない情報も多かった。


 しかし彼は、呪物と呼ばれる魔物の角の欠片を使った呪詛や、聖遺物と称する勇者の骨を使った儀式を書物に纏めている。以前に見たどちらかの可能性が高いと記憶をたどりながら、アスタロトは手を伸ばした。


「触れますよ」


「ちょっとまて」


 念のためにリリスの上に結界を重ね掛けする。厳重に10枚張ったところでようやく許可を出した。アスタロトの白い指がそっと摘まみ上げ、指先で血を拭う。出てきたのは小さな歯だった。


「……陛下、リリス嬢が最初に吐いた物を保管されましたか?」


「もちろんだ」


 真っ赤な血の球体を収納から取り出して示すと、無造作にアスタロトが指を入れてかき回して、中の飴の欠片を引きだす。飴は舐めて小さくなった丸い形状ではなく、鋭い断面がある状態だった。


「どんな毒だ?!」


「毒ではありません」


「呪詛か?!」


「それも違います」


 取り出した綺麗なハンカチに白い歯を乗せて、ルシファーの手に握らせた。


「歯が、生え変わる時期のようですね」


「はぁ?」


「はい、歯です。おそらく飴を噛んだ衝撃で歯が抜けたんでしょう」


「パパぁ、ここスースーする」


 説明中のアスタロトを遮ったリリスが、あーんと口を開けて見せる。治癒魔法のおかげで、歯が抜けた傷口は癒されており、痛くもないらしい。しかし下の前歯が1本たりなかった。


 確かに歯が抜けただけのようだ。ほっとしてへたり込みそうなルシファーに、苦笑いしたアスタロトも何も言えない。正直、タイミングが悪かっただけに呪詛の影響と決めつけていたのだ。


「あら、下の歯は屋根の上に投げるのよね」


 ベルゼビュートが覗き込んで、にこにこと歯を指さした。


「保存する予定だが……」


 永久保存決定のルシファーが渋い顔で呟くと、ベルゼビュートが記憶を辿りながら説明を始めた。


「どこかの種族の風習で、上の歯が抜けたら床下へ、下の歯が抜けたら屋根の上に放ると、綺麗ないい歯が生えるんですって」


 それは投げるしかない。リリスの歯は永久保存したいが、投げずに曲がった歯が生えるなんて許せない。ぎりぎり歯ぎしりしながら葛藤する主君の様子に、アスタロトがこっそり耳打ちした。


「簡単ですよ。一度投げてから回収して保存すればいいんです」


「さすがは知略のアスタロトだ! よし、その案を採用だ!!」


 城門で不安そうに見ていたベールは溜め息をついて頭を抱え、近くで騒いでいた子供達は手を振るリリスに全力で手を振り返した。

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