696. 夕方の全員集合!

 アスタロトと手分けしていたため、最後に到着したアデーレは子供の前に膝をついた。じっと顔を見つめて、にっこりと微笑んで頷く。手に持つサンダルがリリスの物だったと確認も取れた。向かい合って抱き着いた子供は他の者が近づくのを嫌がり、ルーサルカを通してしか話をしない。


 苦笑いして見守るアデーレは、侍女の制服ではなかった。夜の集まりに向けて大公夫人としての装いが必要で、発見の一報を得る少し前に着替えたのだ。黒いドレスが小麦色の肌に映える。実家が辺境伯家だったこともあり、正装に慣れた彼女は曲線美を強調したドレスの裾を優雅にさばいた。


「ルーサルカ、悪いけれど……この子供を頼むわね」


 義母としてのアデーレに、ルーサルカも義娘として頷いた。


「任せて、お義母様」


「この子も行き先がなければ、うちの実家で引き取ろうかしら」


 まだ能力も種族も不明のうちから、アデーレは未来の話を始める。魔族の親は子供に対しての権利意識が強い。それは子供を縛る意味ではなく、子供を育てることへの意識だった。長寿種族が多い魔族にとって、生まれにくい子供はどの種族であっても大切な存在なのだ。


 育てる余裕のある者が、育てられない者から育児を託されるのは名誉なことだった。立派に育てた行為こそ、他者に認められる行為となる。そのため生活に余裕のある種族の集落は、多種族の子が育てられることも珍しくなかった。


「お義母様、気が早すぎます」


 この子供に親がいて、探している可能性もあるのだから。窘めるようなルーサルカの声に「叱られちゃったわ」と笑って、アデーレは一礼して部屋を辞した。予定している集まりへ向かうのだろう。


 窓の外はいつの間にか夕暮れに赤く染まっていた。


「ルーサルカ、面倒でしょうがをお願いします」


 直接話しかけても無視する子供への橋渡し役を「通訳」という単語に置き換えたアスタロトの要請に、彼女は笑顔で承諾した。頼られることが素直に嬉しいし、子供の懐いた姿も可愛い。ずっと左手に握ったサンダルを離さないくせに、履こうとしなかった。


 理由が気になって尋ねてみる。


「ねえ、どうして履かないの?」


「……履く、ない」


「海から来たのよね。足に何かつけなかった?」


「ない」


 どうやら靴を履く習慣自体が馴染まないらしい。リリスが履かせてくれた時は素直に足を任せたが、普段履かない靴に違和感を感じて脱いでしまったのだろう。手に持って歩いていたのは、貰った意識があるためか。


「……お? それが例の子供か」


「いた! 見つけたのね」


 にこにこしながら入ってきたルシファーとリリスの姿に、大公2人が崩れ落ちた。いうまでもなく、アスタロトとベールである。膝から崩れて椅子に座ったアスタロトと、思わず天を仰いで嘆いたベールが見た光景は――ルキフェルの笑いを誘った。


 ルシファーの純白の髪が飴細工に絡まり、諦めて左手に持っている。右手は湯気の出ている汁物の椀があり、両手の肘に菓子やプレゼントがぶら下がった状態だ。正装姿が台無しだった。よく見れば高価な腕輪に何か絡まって、耳飾りが髪に絡まる。


「その、お姿は……」


「まさかその恰好で店を回ったのですか?」


 何を呆れられているか理解しないルシファーは、手にしたお土産やプレゼントをテーブルの上に並べた。アデーレがいないため、シトリーが手を出して並べ直す。菓子から始まり、アクセサリーや小物、何か小箱が複数あり、最後に食べ物だった。隣のリリスも両手に箱を抱えている。


「何か問題か? この菓子はエルフ、こっちの花は精霊だったか。コボルトやスプリガンがくれたアクセサリー、ドワーフが作った石細工の置物と、こっちは……たしか兎獣人がくれた箱、あとリザードマンにハンカチをもらったな」


「こっちの箱は甘い焼き菓子ですって! アラクネにもらったの。これは……ドラゴンの子だったかしら」


 互いに説明しながら、民からの献上品という土産をテーブルに広げた。民と触れ合う外交の役目はきっちり果たしたルシファーだが、飴細工が絡んだ髪をリリスが横で浄化していく。ついでに飴も浄化して復元した。簡単そうに難しい魔法を連発するリリスが、子供に焼き菓子を差し出す。


「どうぞ」


「うん」


 なぜか子供は素直に受け取った。

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