777. 懐かしさと謝罪
アベルがそっと扉の向こうを覗くと、巨人系の背中が見えた。呼ばれてきたものの、誰に声を掛ければいいのか。顔見知りの姿がないので、困惑顔で見回した。
そもそも貴族ばかりの会議に、自分たちが参加してもいいものか。以前にやらかした記憶があるため、アベルは謁見の間に苦手意識をもっていた。立ち止まったアベルを、イザヤが押し込む。妹であり婚約者になったアンナと、腕を組んだ彼も足を踏み入れた。
「あ、こちらです」
足元で声が聞こえて、アベルが視線を落とすと……ふさふさの尻尾を持つコボルトだ。見覚えのある犬耳の青年に「フルフル? 久しぶり」とアベルが名を呼んだ。耳と尻尾がぴんと立ち、それから嬉しそうに彼はアベルの足にしがみ付いた。
「覚えててくれたんですか?」
「忘れるわけないじゃん。僕が大変な時に抱っこさせてくれた友達だろ。そうだ。城下町に家を買ったんだよ、よかったら遊びに来ないか?」
「ぜひ! おやすみの日に行きます!!」
耳がぺたんと垂れて、尻尾が高速で左右に振られる。どう見ても犬の仕草そのものだった。小柄な種族なので、腰のあたりまでしか届かないのも、愛らしさを増長する。ふわふわした頭を撫でてやり、フルフルの後をついて歩き出す。アベルの中に、もう恐怖心はなかった。
アンナとイザヤは顔を見合わせたものの、何も言わずに後ろをついていく。コボルトは自分の身長が低いことを忘れており、するすると人の間を抜けた。後を追いかける日本人は一大事である。這うように身を屈めて、大柄な種族の隙間に入る。
「ちょっと通ります」
「おっと。足を踏まれたぞ」
「ごめんなさい」
騒ぎを生み出しながら、一直線に玉座の前に誘導された。彼らは手前の大柄な種族を抜けたあたりから、今度は同身長の獣人やエルフなどをすり抜け、最後に小柄なドワーフや精霊を跨いで、ようやく息をつく。
「揃ってるか?」
「いるわ」
「なんとか」
イザヤの問いかけに、2人が苦笑いしながら答える。と、大急ぎで駆け寄ったルキフェルに手を掴まれ、階段の手前に引きずられた。完全に人型をとっていても、ドラゴンの力強さは健在だ。
「待ってたよ。急いで」
「は……はぁ?」
首をかしげるアベルに、周囲の魔族の視線が集中する。一緒に立つイザヤ達も居心地の悪さに、慌てて後に続いた。コボルトのフルフルは自らの仕事に戻り、いつの間にか姿を消している。侍従の気配を消す能力は高いらしい。
「呼び立てて悪かった」
「聞きたいことがあったの」
魔王と魔王妃が親しげに声をかけたことで、魔族の見る目が変わった。日本人の優秀さは、先日の魔王チャレンジで広まっている。その噂を含んだ情報が、貴族達の間を走った。一躍時の人扱いである。
「あなた達が気づいた海の異常を教えて?」
リリスの言葉に、イザヤの表情が曇った。アンナは不安そうに拳を握り、アベルも視線を彷徨わせた。覚悟を決めたのは、アンナだ。
「ごめんなさい。海を穢したのは……私たちの世界から投げ込まれた何かだと思うわ」
海を黒く染め、珊瑚のカルンに助けを求めさせた原因が、自分たちの世界にある。放り込むために繋がった瞬間、懐かしさと身震いする嫌悪感が同時に襲ってきた。少しでも近くへ行きたいと思う感情と、近づいては行けないと警告する本能が鬩ぎ合い、オレリアに相談したのだ。
近くで確かめようと提案してくれた彼女を、人族の襲撃で危険に晒した。愚かなことに巻き込んだと後悔するアンナは、リリスへもう一度謝る。
「本当にごめんなさい」
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