1096. 原因がわかりません
薄い肌色の少年に変化した狐は、後ろに尻尾を出したままだった。ふわふわした5本ものしっぽを揺らし、取り出した金属の棒を魔力で変質させていく。
「……驚きましたね。複数の魔法を融合させています」
アスタロトが思わず感嘆の声をあげたのは、妖狐の少年が使う技術の高さだった。金属に効率よく魔力を含ませ、炎や水の魔法を組み合わせて変形させる。さらに質を高めて純度を上げ、魔法の効果を金属に焼きつけた。
同じことをルシファー達が行うなら、魔法陣を使う。刻んだ魔法陣に魔力を流すことで、同じ効果を得られるからだ。安全装置となる魔力量の制御も、魔法陣の方が簡単だった。しかしこの少年は、魔法という不安定な手法で同じ効果を得ようとしている。
金属はどの属性にも相性がいいとされるため、杖は金属製に限られたのだろう。出来上がったのは、水を出す杖だった。動力がわりに魔石を埋め込んでいる。路上であっという間に作られた杖に、通行人から拍手が上がった。周囲に集まった観光客や街の住人は、子供が作った杖に興味津々だ。
受け取った犬獣人の父親が、杖を振ると水が出た。特に誤作動もない。杖の金属が魔法の方程式となる魔法陣の役目を果たし、魔石の魔力が尽きるまで水を出すだけだった。
出来上がりから作動するところまで確認し、アスタロトが首を傾げた。なんら異常がないことが、おかしい。そこで魔王ルシファーが結界を張り、その中でアスタロトが杖を持つ実験を行うことにした。街の中なのだが、結界があれば被害が及ぶことはない。
見物人が多いものの、問題ないと判断したのはアスタロト自身だった。自らも結界を張り、犬獣人の店主が置いた杖に手を伸ばす。前回同様触れた瞬間、杖は暴走して爆発した。
「っ、原因がわかりません」
お手上げだと天を仰ぐアスタロトの後ろで、ルシファーは考え込んだ。隣のリリスは「花火みたい」と無邪気に喜んでいる。驚いて全身の毛を逆立てた上、獣姿に戻った少年は目を見開いた。自分でも何が起きたか、よくわかっていないらしい。
ばらばらに千切れた杖に近づき、匂いを嗅いだり爪の先で突いて様子を見ている。そんな彼の姿に悪意は感じられなかった。困惑したアスタロトに、ルシファーが下がるよう声をかける。
ルーサルカが駆け寄り、ケガがなかったか確認した。シトリーは二度目なのでさほど驚かなかったが、ルーシアは息を詰めて両手で顔を覆う。イポスも用心はしているものの、リリスの前に立って視界を塞ぐような行動は取らなかった。
緊迫した結界の外では、住民達が状況が理解できずに盛り上がる。何かのパフォーマンスだと思ったらしい。もう一回と騒ぐアンコールが聞こえてきて、苦笑いが浮かぶ。
「理由はわからんが、試してみたいことがある」
ルシファーの一言で、少年はもう一度杖を作り始めた。危険が少ない水属性で同じものを組み上げていく。小さめの魔石を取り付け、再び父親が試したが問題なかった。ここまでは先ほど同じだ。属性も同じにしてもらったし、込める魔力量もほとんど変わらない。だが、地面に置かれた杖に近づくのは、ルシファーだった。
ここだけが前回と違う。イポスと手を繋ぐよう言われ、リリスは素直に従った。興味深げにルシファーの手元を見つめる。その姿に不安は感じられなかった。
「アスタロト、結界を頼む」
こういった実験の際は、当事者以外が結界を張るのがルールだ。安全対策のひとつだった。結界を確認し、ルシファーはひとつ深呼吸する。己の周りに常時展開している結界を消した。
「ルシファー様?」
気づいて意図を問うアスタロトが青ざめる。まさか、結界なしであの爆発に触れる気ではないか。さすがに無傷とはいかない。故意に結界を解除した状態は、自己治癒力が高い魔王であっても危険だった。
止めようとしたアスタロトより早く、ルシファーはその白い指で杖に触れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます