1173. 花嫁のヴェールにどうぞ

 ただ働き、罰としては軽い方だが現状の改善は難しい。今後のことを考えて俯く2匹に思わぬ言葉が追加される。


「魔王城に不審者や罪人を野放しに出来ませんから、形式上は職員とします。法で職員の福利厚生は義務付けられていますので、衣食住は支給対象でしたね」


「ふむ……夫婦として認めてやれ。いいか、赤子のためだぞ」


 念を押す形で、温情ではなく赤子のための措置となった結婚。魔王や側近である大公が認めたため、正式に夫婦となった。顔を見合わせる母狼に赤子が擦り寄った。ようやく3人が到達したものの、階段が怖くて動けない1人をリリスが抱いて降りる。


 豪華なワンピースの胸元を涎で汚す赤子に微笑みながら、母狼の前にそっと降ろした。よたよた近づく最後の我が子を舐める母に、リリスがレース編みが施されたスカーフを掛ける。ふわりと柔らかな布に驚く魔狼へ、にっこりと笑った。


「花嫁さんにはヴェールが必要なの。これで代用できるかしら」


「なるほど、それはいい」


 ルシファーが先ほどのリリスの行動の理由に思い到る。ごそごそと収納に手を入れて何をしているのかと思えば、ヴェールの代わりになる物を探したらしい。


 白いレース編みが縁取る透ける薄布のスカーフだ。感激して泣く母狼に代わり、角兎が必死にお礼の鳴き声を上げる。そんな父親に近づいた赤子が無邪気に手を伸ばした。それを受け止めて頬ずりしながら、角兎は魔狼と並んで頭を下げた。


 感謝する2匹は、すぐにベルゼビュートが連れていく。まずは職員の健康チェックを行い、痩せすぎた両親を太らせる必要があるだろう。そう笑うルシファーに、ベール達も頷いた。母狼の健康状態が良好になるまで、赤子の世話はヤンが継続することになった。


 魔狼の母親にしたら、一族の総帥だったフェンリルに育ててもらえるとあって、恐れ多いやら興奮するやら。複雑な感情が鳴き声や姿勢に現れていた。ぺたりと耳を倒した彼女の尻尾は千切れんばかりに左右に振られ、匍匐前進状態になる。


 新しい住人が増えた魔王城だが、こうして増やしても寿命で去る者も多かった。ある程度の人員は常に補充しなくては、城の機能が維持できないのだ。そういった意味で、裏庭の管理のエルフが足りないのも事実だった。


 前回、人族の少女が入り込んで気づくのが遅れたのも、裏庭が手薄だったことが原因だ。その穴埋めも出来て、不憫な思いをした夫婦の今後の生活も保障できた。赤子達も両親が見つかったので、これからは安心して成長できるだろう。すべて丸く収まった。


 ほっとしたルシファーだが、玉座に肘をついて考え込む。


「どうなさいました?」


「あの2匹が栄養失調になった原因だが、先日の生命力低下がかかわってるかも知れないな」


 森に棲む動物の生命力が低下し、それらを食材とする魔族が栄養失調になる事件があった。その後対策が取られ、過去に仕留めた獲物を供出することで50年ほどの猶予を作り上げたが……今回の駆け落ちのような状況だと、その救済措置から漏れてしまう。


「魔王軍の見回りに、保護対象から漏れた者がないか調査してくれ」


「承知いたしました」


 ベールがゆったりと頭を下げる。これで見落とされた種族や家出して独立した魔獣が救われればいいが。すでに命を落とした者も出ている可能性があった。今後のことを考え、全住民を生まれた時から登録して追跡する仕組みを考えた方がいい。


 難しい顔でそんな話を始めた大公と魔王の間に割って入り、リリスは簡単そうに提案した。


「だったらアベルやイザヤに頼むといいわ。きっと異世界のいい知識を持ってるもの」


 先日の書類や少額決裁の権限移譲など、この世界になかった知識を持ち込んだ日本人の功績は大きい。たしかに彼らの知識を利用するのも一つの手だった。相談を受けたイザヤは「戸籍制度」について話し、詳しく聞いたアスタロトとルキフェルが大急ぎで仕組みを作り上げることになるが、それは数年かかる大事業となった。

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