924. 襲撃、フェンリルの悲鳴
「なに、問題ではない」
ルシファーが意味ありげにイポスへ目くばせすると、心得たように彼女は収納から刃物を取り出した。長剣と短剣の中間程だろうか。半端な長さの剣は、一度も封印を切っていなかった。二刀流の技術があると知り、ルシファーが以前に渡したものだ。
攻撃用の長剣は常にベルトに吊るすイポスだが、二刀流が使えることを公表していない。いざという時の切り札でもあるため、受け手の剣は人前で抜かなかった。それを包丁代わりにイポスは手慣れた様子で唐揚げをバラバラに切る。両手で抱える鶏サイズから、片手で摘まめる小鳥サイズになっていた。
「そんなつもりで渡したんじゃないが、役に立ったな」
「私もそのような用途は想像しませんでした。よい切れ味ですね」
ルシファーが苦笑いし、イポスも軽く受け答えた。すこしおどけた口調のイポスは、剣についた唐揚げの油を乾いた布で拭き取る。刃の状態を確認し、思わぬ切れ味のよさに感心した。
「今のすごいっすね! 今度教えてください」
剣術をそれなりに嗜んだからこそ、アベルは素直に感嘆する。教えて欲しいと強請る青年に、イポスは「時間があったら」と社交辞令に近い挨拶を返した。隠し手のため公表する気はない。なんとなく気乗りしない様子を察知したアベルは、素直に引き下がった。
「さあ食べよう」
カットしたが、まだ大きい唐揚げ肉を各自が皿に取り分ける。用意したカトラリーで口に入る大きさに切り分け、それぞれに頬張った。塊のまま火を通した肉は柔らかく、肉汁が溢れてくる。次の焼肉大会は塊での調理方法も悪くない。そんな他愛ない会話を交わす彼らの横で、ヤンはソファ代わりを務めながら肉を齧った。
ぴくっ、とヤンの耳が外を向く。音が聞こえたというより、気配を察知したらしい。それから耳を動かして音を拾い、ばきっと口元の骨を噛み砕いた。唐揚げの中央に入っていた骨を飲み込んだヤンは、くーんと鼻を鳴らす。
「ん? 侵入者か」
ルシファーが羽虫を払うように手を動かした。頭の上で振った指先で結界を発動し、リリスを抱き上げて立ち上がる。慌ててカトラリーや食べかけを収納へ放り込んだ大公女達も続いた。イポスが剣の柄に手を掛ける。
「抜剣許可、今回は任せる」
魔力をほぼ感じないため、ヤンとイポスで充分対応可能だ。ヤンがいなくなったシートの上にクッションをいくつか並べ、大公女達に腰を下ろすよう促した。困惑した彼女らをよそに、ルシファーはさっさと座る。
「それぞれに役目がある。護衛の仕事を奪うと嘆かれるぞ」
魔王になりたての頃は自衛が主流だったこともあり、護衛がついても500年くらいは自分で身を守る癖が抜けなかったと笑い話にしたルシファーの後ろを、ヤンとイポスが駆けだしていく。門の外で迎え撃つつもりらしい。見送った彼らに不安はなかった。
そう……イポスの叫び声が聞こえるまでは。
ぎゃん! 甲高い鳴き声がして振り返ったルシファーは、咄嗟にリリスを背に庇った。反射的な行動だが、リリスは向こうを見ようと顔を覗かせる。悲鳴が聞こえたのはその時だった。
「ヤン殿! くそっ、そこをどけ」
駆け出すイポスの叫び声が、危機感を煽る。ルシファーは一瞬だけ迷う。だがリリスを置いていく選択肢は消した。わずかでも距離を取ったら、手が届かなかったら、我が身を盾に守ることさえ出来ないのだから。
「先に行く」
短く吐き捨てて、ルシファーの横を駆け抜けるアベルが剣を抜く。魔王に授かった魔剣が、ぎらりと陽光を弾いた。そのまま振りかぶって門の外にいる敵に切りかかったらしい。きん、と打ち合う金属音が響いた。
「ルシファー、ヤンを助けて」
「わかってる。絶対に離れるな」
抱き上げたリリスと共に近距離転移する。開いた門の向こうにあるヤンの魔力を目印に飛んだ先は、混戦状態の真ん中だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます