37. 保育園は徒歩で通います

「陛下、そろそろ保育園の時間ですよ」


「わかった。転移は禁止だよな?」


「はい」


 ベールは淡々と答える。だが彼も右手をルキフェルと繋いでいた。今まで公的な保育園がなかったため、ルキフェルは城で育てられていた。言葉や情緒教育のため、ルキフェルも保育園に通わせることになったのだ。同じ年齢の子供に囲まれて育つ重要性を説いたベールは、自身もしっかり実践した。


 転移禁止の理由は、種族が多すぎるからだ。転移魔法を使える種族もいるが、使えない種族も多々いる。通う方法に出来るだけ大きな差をつけないよう、保育園側から要請されていた。


 ルキフェルの手を引いたベールと、リリスを抱いたルシファー。見送る侍従達は安堵の表情を浮かべた。昼間にリリス嬢を抱いて逃げ回る陛下を追いかけたり、彼女に噛まれる被害を心配せずに仕事ができる。当たり前の日常が戻ってくる幸せを、しっかり噛み締めながら手を振った。


 一方、リリスは大量のお見送りの手に喜んでいた。ルシファーの頭によじ登る勢いで、必死に手を振り返している。


「リリス、そろそろ危ないぞ」


 抱きかかえ直すと、思う存分手を振って気が済んだのか。ほのかに上気した頬で、にっこり笑う。リリスは伸ばした手でルシファーの髪をつかんだ。


「やばい、天使かっ!」


 ルシファーがリリスに魅了されている隣で、ルキフェルは一生懸命背伸びしていた。普段抱っこされていたため気付かなかったが、ベールとの身長差がちょっと辛い。しかし甘やかさないと宣言されたので、一生懸命背伸びしてちょこちょこ歩いた。


「なあ、ベール。もしかしてルキフェルは歩きにくいんじゃないか?」


「そうですね。ルキフェルは一緒に歩くのも大変です」


 面倒な言い回しをしたが、ルキフェルは理解したらしい。小さく頷いた。抱っこされ甘やかされるために成長を止めたが、本来のルキフェルはもっと成長した姿のはずだ。


 魔力量を考えても成長が遅すぎた。自分で成長を望まなければ、身長は伸びないし、足も大きくならない。


「わかった。ベールのとなり、あるけるようになる」


 言葉の未熟さも同じだ。今後数年で急速に成長するだろうルキフェルに、「期待しています。私の補佐をお願いしたいですからね」と微笑んだベールは立派な父親.(仮)だった。


「なるほど……オレも見習わなきゃ」


 ぐっと右手を握って決意するルシファーの姿に、ようやく動き出した育児計画を思った。


 他の幼児とぶつかってケンカして、他人の痛みを自分の痛みとして感じられるように、優しく強い子に育つよう願う。簡単だが難しいミッションに、ベールはやりがいを感じていた。






 保育園の前に着くと、思ったより大きな建物だった。見上げるような塔を中心に左右対称の平屋が並んでいる。設計図によると正面玄関がある塔の向こう側は中庭があり、四角く建物が続いていた。


 建物が塀の代わりをしており、真ん中に子供を遊ばせる中庭を作った形だ。これならば遊ばせる子供が行方不明になったり、誘拐される危険性を極力減らすことができる。


「凄い、彫刻だ」


 塔に立派な彫刻が施されていた。見覚えがある絵に首をかしげると、リリスがいち早く気付いた。


「るー、え! るー」


「え? 絵……ああ、読み聞かせた英雄譚の絵本か!」


 思い出した絵に、ちょっと複雑な思いが過ぎる。すごく立派だし、見事な再現度だと思う。が、この話の最後は女勇者が魔王を倒してしまうのだ。しかも彫刻の場面は、絵本の挿絵の最後の1枚だった。魔王へ女勇者が斬りかかる直前のシーンだ。


 このあと、オレが斬られる話だよな。


 今更ながらにとんでもない絵本をリリスに読み聞かせてしまったと後悔しながら、大きな玄関をくぐった。

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