1211. 気持ち悪い呼び方しないでよ

 先日の巨木から入ると思ったら、リリスは予想外の場所に導いた。というのも、入り口は定期的に移動するらしい。今まで魔の森の内側に到達した魔族がいない理由は、そこにあるのか。感心したように唸るルシファーの隣で、ルキフェルは別の予想を立てた。


 中に入った魔族が出て来られなくて、誰にも伝えられなかったのでは? 魔の森自体が受け入れる存在以外が迷い込むと、そのまま吸収されてしまったかも知れない。突然滅びた種族が成人の姿で発見された事例は、中に迷い込んで数百年後に吐き出された可能性を示唆していた。日本人なら「神隠し」と表現しただろう。


「リリス、出て来られるんだよね?」


 念のためにもう一度確認するルキフェルへ、お姫様はお気に入りのワンピースの裾を翻して笑った。


「平気よ。魔の森は絶対にルシファーを害さないもの」


 ルシファーが望めば出て来られる。必ずその願いや思いを叶えようとする。そう言い切ったリリスの自信ありげな姿に、ルキフェルは頷いた。ルシファーと手を繋ぎ、嬉しそうに森の木を見上げる。他の木々と区別がつかないごく普通の木だった。


「行くわよ」


「わかった」


 リリスが幹に手を突いて動きを止めた。するりと中に吸い込まれていく。繋いだ手を離さないルシファーも吸い込まれ、ルキフェルは目前の出来事に瞬きを繰り返し、理解できない現象を確認し始めた。両手で木の幹を撫で、叩き、魔力を流してみる。それでも反応はなかった。


「うん、僕にはお手上げ」


 理解できない現象を調べるのは後回しだね。寿命が尽きる前に解明できればいいや。ここで悩んでる時間も惜しい。木の場所が分からなくならないよう目印を刻み、ルキフェルは城に戻った。復旧準備のために過去の資料を用意してアスタロトに渡したら、事後処理を担当するベールの手伝いをしよう。不思議とルシファー達が戻ってこない不安はなかった。


 鼻歌を歌いながら混雑した城内を抜ける途中、アベルに呼び止められる。


「あ、ルキフェル大公閣下」


「気持ち悪い呼び方しないでよ」


 昔は呼び捨てだか、さん付けじゃなかった? 顔を顰めたルキフェルに、アベルは説明する。なんだか落ち着かない様子だった。


「前みたいに、さん付けしたら上司に叱られました。じゃなくて、ベール大公閣下が呼んでました。城門です」


「ん? そう。わかった」


 呼ばれれば分かるんだけど。あの森の木のそばにいた時かな。不思議に思ったところで足を止める。振り返った。アベルの姿はない。少し考えて、ベールの居場所を探った。


 魔王城の周辺にはいない。範囲を広げても引っかからないところを見ると、自領がある隣の大陸にいるかも知れない。にっこりと口角を持ち上げて笑った。無邪気さとは程遠い、残虐さを秘めた瑠璃竜王の表情に、偶然通りがかったベリアルが悲鳴をあげる。


「僕を騙そうなんて、いい度胸じゃない」


 僕の行く手を遮ろうとしたんだから、きっと隠したいものがあるんだね。見つけて台無しにしてやろう。姿を誤魔化せる種族を思い浮かべながら、ルキフェルは城の奥へ向かった。研究棟へ分かれる道で立ち止まるが、城内を進む。


 研究棟側は小型の種族が使っている。さっきの気配はもっと大型の種族だ。窮屈なサイズまで身を縮めていたから、そわそわしてたんだよね。ああ、こっちから妙な気配がする。


 角を曲がって無造作に扉を開いた。ノックも声掛けもなく覗いた部屋の中で、小さなドラゴンが取り囲まれている。


「何してるのさ」


 舌打ちした無礼者を指先で壁に貼り付け、同じ魔法陣を両手に呼び出して首を傾げる。さらりと水色の髪が流れて、ルキフェルの目元を隠した。

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